新納一哉さん、ゲーム開発にかける想い「やりたい気持ちに、ウソをつきたくない」
2020.07.29
生活・趣味
2023.10.5
第26回記事「ひとが育つまち・8—「まち」は生活の時空の人的代謝(2)」はこちら
この記事を書いた人
牧野 篤
東京大学大学院・教育学研究科 教授。1960年、愛知県生まれ。08年から現職。中国近代教育思想などの専門に加え、日本のまちづくりや過疎化問題にも取り組む。著書に「生きることとしての学び」「シニア世代の学びと社会」などがある。やる気スイッチグループ「志望校合格のための三日坊主ダイアリー 3days diary」の監修にも携わっている。
地域のおとなとのかかわりの中で変わっていく自分を肯定的に受け止めた中学生たちは、どんどん地域で活躍するようになります。しかもそれは、独りよがりな活動ではなく、まず公民館に相談して、地域のおとなに提案して、一緒に取り組むことで、地域みんなの活動へと展開していくものとしてあります。
その活動の一つに「灯火祭」があります。これは、コロナ禍で人々が集まる場所がなくなり、地域の高齢者だけでなく、住民のつながりが切れていくことを心配した中学生たちの発案で、公民館が間に入って、地域のおとなをつなぎ、おとなたちの支援を受けながら、子どもたちが地域の公園で行った取り組みです。
この取り組みは竹灯籠を製作して、公園に並べ、夜を明るく照らしながら、距離をとって、人々が灯火を愛で、灯火を話題にして、対話して、お互いのかかわりを確認するとともに、子どもたちの活躍を受け止めて、ともにコロナ禍を乗り切る思いを共有するものとして実施されました。(【写真1】参照)
この過程で、竹の切り出しを手伝うおとな、竹灯籠制作を手伝うおとな、デザインを考えるおとな、空間配置を考えるおとななど、さまざまな地域の人材が発掘され、子どもたちを教えて人材育成をし、さらにその子どもたちが後輩たちを教えて、皆で地域のために活動する関係の形成がなされているのです。
そして、この活動が地域自治組織「西益田まちづくりの会」の主催とされることで、おとなと子どもだけでなく、子どものなかで先輩・後輩の関係を通して受け継がれ、地域活動グループの組織化へと結びついていくのです。
このような子どもたちの活躍は、西益田地区だけではなく、各地区で中学生の地域活動チームを生み出すことにもなっています。そして彼らは皆、公民館を拠点として活発に動き回っているのです。(【写真2】参照)
そして、この彼ら子どものことを、地域のおとなたちは、こういうのです。「人の話を聞くことができて、その上で提案ができる跡継ぎ」だと。
子どもたちはまたこうもいうのです。「おとなの人たちと日常会話で雑談していると、どんどんいろんなことを思いつくんです」と。
このようなところにも、公民館が地域自治組織と学校とを結びつける媒介となることで、各地区そのものが、子どもたちのためにおとなが一肌脱ぎつつ、子どもたちの社会への信頼感を高めることで、子どもを育てるまち、それこそ「つろうて」(連れだって)子育てをするまちへと形成されていることが示されています。
このような地域づくりの取り組みは、益田市内のいわば過疎化が進んだ地区においても、住民の懸命な努力で続けられています。たとえば、北仙道地区という人口430名ほどで高齢化率49パーセントという地区においても、公民館がハブとなって、地域自治組織である「北仙道の明日をつくる会」と住民とくに子どもたちを結びつけて、さまざまな取り組みを進めています(※)。
※北仙道の明日をつくる会「島根県益田市北仙道地区」紹介パンフレットより
過疎化の進む地区の例に漏れず、北仙道地区も子どもたちが減少し、小学校も廃校となってしまっています。この学校跡に2008年に公民館が移設され、地域の人々を結びつけるハブとしての役割を果たしています。
子どもたちは自転車通学なのですが、通学途中に公民館に立ち寄るのです。公民館は、小学校の建物を使っているので図書室や教室があり、子どもたちが宿題をやったり、友だちと話しあいをしたりするのに好都合な場所なのです。
さらに、2005年頃からは通学合宿を行っており、小学校が廃校になった後も、デイキャンプという形で、小学校跡地を活用した合宿を重ねてきていて、地元のおとなと子どもとの関係にはとても親しいものがあります。
こうしたことを活かして、公民館に拠点を置く地域自治組織「北仙道の明日をつくる会」が4つの部会を構成して、さまざまな取り組みを行っています。
4つの部会とは、「つながり部会」「いきいき部会」「定住促進部会」「課題解決部会」です。「つながり部会」は、とくに多世代のつながりをつくりつつ、次の世代の担い手を育成することを目的とした部会、「いきいき部会」は、女性たちを中心に立ち上げた「よめな会」が地元の特産品をつくり、それを大正大学とのコラボで、東京巣鴨商店街のガモールで販売するなど、魅力づくりを担当しています。「定住促進部会」はIターン者の受入れのために地域の情報発信を担い、「課題解決部会」は人手不足から起こるさまざまな問題、たとえば地区内の草刈りなどの問題を解決して、住みよい地区をつくる役割を担っています。
これら部会と公民館が協力して、お互い顔見知りの関係にある住民たちを縦横に結びつけては、活動を展開しているのです。これらの取り組みのなかで注目されるのは、高校生の提案を積極的に受け入れて、活動を進めていることです。
「つながり部会」がつくったKita no-maという活動です。高校生たちは、Kita no-maの取り組みで、たとえば地区内の独居高齢者を訪問し、人生を聴き取って冊子にする活動を提案し、実際にインタビューを進めました。
これは、高校生たちが、地元の高齢者を一人ひとり訪問して、その人生を聴き取り、冊子にまとめることで、地元の歴史を「ひと」の歴史として受け止め、地元の人々がどんな思いで生きてきたのか、それを自分たちがどのように受け継いでいくのか、そういうことを考えるきっかけとなる取り組みです。(【写真3】【写真4】参照)
またKita no-maにかかわった高校生たちは、他の地区の地域活動グループ同様、地区内にさまざまに展開しています。公民館にある図書室の椅子を、子どもたちと一緒に作ったり、注連縄づくりをしたり、また「つながり部会」と連携して竹灯籠をつくって灯籠まつりを行い、さらにその竹を新年のどんど焼きに使って、無病息災を願うとともに、地元の人々の絆を強めることに一役買ったりしています。
地域のこのような活動にも、公民館が場所を提供し、また人々を結びつけるハブとしての役割を果たしているのです。
このように各地区で大切に育てられている子どもたちに、益田市がさらに追い打ち(!)をかけるように用意しているのが、「ライフキャリア教育」と呼ばれる取り組みです。
既述のように、「キャリア教育」を進めれば進めるほど、子どもたちは益田市には何もなく、魅力的なおとなもいないと感じてしまう、そこではふるさとは「ひと」なのだという観点が決定的に欠けている、そう益田市の教育関係者には感じられていました。
だからこそ、「益田版カタリ場」を行い、さらに子どもたちに「ひと」の魅力を伝えようと取り組みを進め、そして地域でおとなとのかかわりを深めて大切に育てることで、子どもたち自身が地域で活発に提案を行い、活動を展開して、自らがこの社会の主役であり、人の役に立てる存在なのだと実感できる、そういうまちづくりが進められてきました。
そしてこれらの取り組みのいわば出口にあたるものが、この「ライフキャリア教育」なのです。これは、一見、中学生の職場体験なのですが、そうではなくて、人生を考えるきっかけを子どもたちがつかむための職業実習なのです。
仕組みはこうです。益田市の行政から市内の事業所や農家などに、子どもたちの職業実習への協力依頼が出されます。一般的な職場体験ですと、学校から各事業所へお願いをして、子どもたちを受け入れてもらいます。しかし、益田市ではそうではないのです。各事業所が子どもたちのところに出向いて、その事業の特徴や働いている人の思いや願い、そして職業実習でどんなことを学んで欲しいかをプレゼンするのです。
それを聞いた子どもたちが、どの事業所にお世話になりたいのか希望を出し、さらに面接を受けます。この面接のために、各学校では模擬面接を実施します。そして、双方マッチングの上、晴れて事業所に職業実習に出かけると、そこでその事業所の仕事を体験できるだけでなく、事業所の従業員とのこれでもかといわんばかりの対話が用意されていて、子どもたちは否が応でも、仕事を通しておとながどんな思いを持ち、どんな生活をし、どんな人生を歩んできたのかを体験させられます。
そして、職業実習が終わった後は、子どもたちが職場で知り合ったおとなたちについての物語を紡ぐこと、そういうことがプログラム化されているのです。(【写真6】参照)
こうして、子どもたちは、地元のおとなの魅力を発見しつつ、自分がこれからどんな人生を歩もうとしているのか、それを真剣に考えて、自分の将来の道を探し、またつくろうとしていくのです。
益田市ではこれを「益田市教育委員会×益田市内事業所協働プロジェクト」と位置づけ、「MASUDA新・職場体験」と呼んでいます(※)。2019年度には、市内全中学校で実施し、参加事業所は187に上りました。この職業実習は、展開過程で、「益田版カタリ場」と同様に、子どもたちの受入れをきっかけに、市内の各事業所同士がつながり、おとなが学び、つながろうとする動きを生み出すことになっています。
※益田市教育委員会『MASUDA新・職場体験』パンフレットより
(次回につづく)
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連載:子どもの未来のコンパス
#1 Withコロナがもたらす新しい自由
#2 東日本大震災から学ぶwithコロナの中の自由
#3 Withコロナで迫り出すこの社会の基盤
#4 Withコロナがあぶりだす「みんな」の「気配」
#5 Withコロナが呼び戻す学校動揺の記憶
#6 Withコロナが再び示す「社会の未来」としての学校
#7 Withコロナが暴く学校の慣性力
#8 Withコロナが問う慣性力の構造
#9 Withコロナが暴く社会の底抜け
#10 Withコロナが気づかせる「平成」の不作為
#11 Withコロナが気づかせる生活の激変と氷河期の悪夢
#12 Withコロナが予感させる不穏な未来
#13 Withコロナで気づかされる「ことば」と人の関係
#14 Withコロナで改めて気づく「ことば」と「からだ」の大切さ
#15 Withコロナが問いかける対面授業って何?
#16 Withコロナが仕向ける新しい取り組み
#17 Withコロナが問いかける人をおもんぱかる力の大切さ
#18 Withコロナで垣間見える「お客様」扱いの正体
#19 Withコロナで考えさせられる「諦め」の怖さ
#20 Withコロナ下でのオリパラ開催が突きつけるもの
#21 Withコロナで露呈した「自己」の重みの耐えがたさ
#22 Withコロナであからさまとなった学校の失敗
#23 Withコロナの下で見えてきたかすかな光・1
#24 Withコロナの下で見えてきたかすかな光・1.5
#25 Withコロナの下で見えてきたかすかな光・2
連載:学びを通してだれもが主役になる社会へ
#1 あらゆる人が社会をつくる担い手となり得る
#2 子どもたちは“将来のおとな”から“現在の主役”に変わっていく
#3 子どもの教育をめぐる動き
#4 子どもたちに行政的な措置をとるほど、社会の底に空いてしまう“穴”
#5 子どもたちを見失わないために、社会が「せねばならない」二つのこと
#6 「学び」を通して主役になる
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