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この記事を書いた人
牧野 篤
東京大学大学院・教育学研究科 教授。1960年、愛知県生まれ。08年から現職。中国近代教育思想などの専門に加え、日本のまちづくりや過疎化問題にも取り組む。著書に「生きることとしての学び」「シニア世代の学びと社会」などがある。やる気スイッチグループ「志望校合格のための三日坊主ダイアリー 3days diary」の監修にも携わっている。
前回のように公民館が「ひとづくり」の拠点へと明確に位置づけられる過程で、益田市ではとくに中山間地区においてさまざまな取り組みが展開することとなります。第21回で述べた地域未来塾もその一つです。
地域未来塾は、放課後子ども教室として展開されていた「ボランティア・ハウス」を発展させたものです。ボランティア・ハウスの実践の頃、小中学校からの依頼によって、12の学校で、年間延べ840日の活動を行い、ボランティアのおとなが延べ4200名ほどがかかわる実践へと展開していました。
さらに公民館活動には年間延べ7万3000名以上の市民がかかわり、とくに中山間地区では一人あたり年間20回ほども公民館の活動に参加する事例もあり、公民館が地域の学習・活動拠点としての機能を果たすところも出てきていました。
しかし反面で、子どもたちの公民館活動への参加は年間で延べ1万人弱、おとなに比して7分の1以下にとどまっており、とくに中学生の参加者は1000名以下、高校生は235人と少ないことが、小学生の参加者との比較で、そして次世代の担い手育成という観点からも課題だと認識されていきます。おとなと子どもとの間だけでなく、小学生と中高生との間にも溝ができている、と受け止められたのです。
益田市には合併当初12の中学校がありました(現在は9校)。そのうち6校が中山間地区にあり、中には統廃合の危機に直面している学校もありました。これまでの益田市の経験から、中学校の統廃合のみを一方的に進めると、その地域から子どもの姿が消え、交流の場がなくなり、その地域が急速に疲弊して、解体してしまうことが知られていました。
これは、益田市に限らず、全国でも同様の事例が多発しています。子どもたちの進学先が遠くなることで、子どもを含めた家族が地域に住んでいながらも、その地域とのかかわりが希薄化し、結果的に人々の地域への思いが切断されることで、地域の一員であることを諦めて、孤立する、そういうことが引き起こされているのです。
そこから、学校外に中学生が集まり、交流し、継続的に活動できる場づくりを行うことが喫緊の課題と受け止められたのです。
さらに、過疎地特有の学校の悩みがあります。規模の小さな学校ですので、少人数のキメの細かな指導を行うことは可能ですが、多様な人たちとの交流や学校外での学習を組織して、子どもたちにさまざまな体験をさせるには、条件整備に困難を覚えるという問題です。
そこで、上記のような問題を解決する方法として、学習塾のない中山間地区に、中学生が定期的に集まって、学習する環境づくりに着手することとなり、中学校区単位に公営塾「地域未来塾」が開設されることとなったのです。仮に中学校が統廃合となっても、地元の子どもたちが集まって、学びあう場を地元に確保しようとしたのです。
この地域未来塾の運営では中学校との連携が重視されました。学校外の公営塾的な取り組みでも、中学校と連携・協働することで、学校の協力を得つつ、子どもたちを地域にかかわらせ、地域のおとなたちが子どもに関心を寄せるという関係づくりが進められたのです。
しかも、地域と学校との距離が近くなりますから、少人数教育を進める中学校の教員も、この未来塾に積極的にかかわるようになります。
またさらに、この地域未来塾の運営には、NPO法人eboardが協力し、子どもたちがこのNPO法人のアカウントを使って、未来塾という場だけではなく、自宅学習を展開することも可能とする仕組みを採用しています。保護者の同意を得て、学校の教師も子どもたちの学習状況を把握することができるのです。
こうして、学校だけではとらえられない子どもたちの姿を地域社会でとらえることで、子どもたちの学びを地域と学校に分けてしまうのではなく、シームレスに結びつけるとともに、彼らを地域社会で支える仕組みづくりへと動いていったのです(※)。
※大畑伸幸「公民館が起点になる「地域未来塾(学び舎ますだ)」、『社会教育』、2016年8月号など
この地域未来塾は、「つろうて子育て協議会」が運営を担うこととなっています。第21回に述べたように「つろうて子育て協議会」は、地域自治組織の「ひとづくり部会」と重ねられており、その事務局を公民館が担っています。
つまり、地域未来塾では、公民館とくに職員である公民館主事が中学校と地域社会の双方にかかわり、かつ双方を結びつけることで、子どもたちにとっての学びの場を組織することが可能となる仕組みになっていて、公民館が「ひとづくり」の拠点として深くかかわるようになっているのです。
この仕組みが、子どもたちの地域における学習を、子ども自身が自分の可能性を伸ばして、自分の将来を自己決定することにつなげるだけでなく、地域のおとなたちとの活動や地域への貢献活動と結びつけることで、子どもたちが自分が人の役に立っていること、人から頼りにされ、感謝される存在であること、つまり自分が社会的な存在であることを実感することを通して、自己肯定感を高めることへとつながっていったのです。
いわば、学習とは、それがいかに個人の活動であっても、社会的な実践だということ、そのことを子どもたちが身を以て体験することとなるのです。
その結果、子どもたちは、地域で子どもたちのことを大切に思っている多くのおとなたちと触れあい、また地域のために献身的に活動を続けているおとなたちの姿を目の当たりにすることで、自分が地域の中に位置づけられていて、大切にされていることを学んでいくようになります。
それが、子どもたち自身に積極的に地域にかかわろうとする思いを育てることとなるのです。地域未来塾で学んでいる中学生が、地域のお祭りやイベント、運動会などの運営にかかわり、積極的に意見をいい、役割を担う事例が、当時すでに出ています。
現在、この地域未来塾の実践は、益田市中山間地区の中学校5校で展開されています。
地域未来塾の実践はすでに10年以上の歴史を持っていますが、中学生をターゲットとしたことで、実践開始後3年目ごろから高校生へも取り組みが広がることとなりました。中学校卒業生である高校生が、未来塾の実践にかかわって、地域活動を行うようになっていったのです。
そして、この10年で、多くの地区で中学生地域活動チームが生まれ、中学生たちが、地域のおとなと一緒になって、また彼らが地域への想像力を働かせて、さまざまな地域活動にかかわり、地域課題の解決、さらには課題が起こらないような、予め地域の人間関係を耕して、お互いが配慮しあって生活する地域社会の基盤づくりの活動を進めるようになっています(※)。
※大畑伸幸「公民館が起点になる「地域未来塾(学び舎ますだ)」、『社会教育』、2016年8月号など
上記のような地域と学校が公民館を媒介にして結びつくことで、次の世代を育成し、中高生が積極的に地域社会にかかわる動きをつくり出すという実践を、小学校を核にして展開したのが、豊川地区です。豊川地区は、益田市大谷町・久々茂町を中心とした典型的な中山間地区で、豊川地区のあり方が益田市の中山間地区のあり方を決めるといわれるようです。
2009年、この豊川地区に激震が走ります。豊川小学校が児童数減により統廃合の対象校に指定されることとなったのです。この問題に直面して、地区のおとなたちは議論を繰り返します。そしてその結論は、学校を残すだけではなくて、子どもを支える地域づくりに展開しよう、ということでした。
このような結論が得られた背景には、この地区のおとなたちの子どもへの思いがありました。豊川小学校は、これまでも地区住民による学校支援活動が活発なところで、子どもたちの授業にシニアが参加して、学習支援を行うシニア楽校と呼ばれる活動などが日常的に行われており、PTA活動にも保護者の積極的な参加がありました。
そして、小学校の統廃合を議論して3年目の2012年10月に、「つろうて子育て協議会」の豊川地区版である「豊川地区つろうて子育て推進協議会」が設立されます。この協議会を基盤として、子どもたちを支え、学校を支えるコミュニティ・スクールづくりが始まるのです。
この協議会のテーマは、つながり・活動・学びの場づくりであり、それらをまとめて「みんな笑顔のとよか「わ」づくり」とされました。「わ」とは和であり、輪であり、環なのです。
その後、2014年には、「とよかわ寺子屋」がつくられて、地域内に学校外の子どもとおとなとがつながりをつくり、学びあう場が設けられ、そこではたとえば、とよかわ寺子屋英語教室などの実践がなされるとともに、子どもたちの組織づくりが進められました。いわば、地域未来塾「学び舎ますだ」の小学校版がつくられ、それを核にして、子どもたちの地域活動グループづくりが進められたのです。
そこから生まれたのが、とよかわ寺子屋を居場所として、地域活動をおとなたちと一緒にやり始めていた中高生が中心となってつくられた「とよかわっしょい」という地域活動グループでした。
「豊川地区つろうて子育て推進協議会」が公民館によって担われつつ、小学校を拠点とした「とよかわ寺子屋」を運営することで、中高生たちの居場所づくりから地域活動グループの育成へとつながっていったのです。そしてそれは、学校外の学びの場の拡充をもたらし、さらに小学校のコミュニティ・スクール化へと動いていくこととなります。
上記のような地域の動きを受けて、2015年に豊川小学校がコミュニティ・スクールの指定を受けることとなります。それを受けて、地域の人々が議論したのは、コミュニティ・スクールの運営を担う学校運営協議会をどう組織するのか、ということでした。
「豊川地区つろうて子育て推進協議会」を組織して、中高生たちの地域活動グループの育成に取りかかっていた地域住民からは、この学校運営協議会は、単なる学校の運営について教師と地域住民の代表者が議論する場ではなく、むしろ皆が自由に子どものことを語りあい、地域で子どもを育てることへとつながっていく議論の場とすべきだ、という意見が続出することになります。
そして、結果的に、豊川小学校の学校運営協議会は、つろうて子育て推進協議会からの推薦を受けた地域住民と学校の責任者とで構成されることとされ、子どもを真ん中において、地域と学校が連携・協働するための議論と実践を行う場だとされることとなったのです。
この学校運営協議会のつくり方はまた、国の施策として提起されているコミュニティ・スクールの基本的な考え方と合致したものでもありました。その考え方とはつまり、学校を地域社会が支援して、教育課程を学校内で完結させるのではなく、人生100年を生きる子どもたちに、その長い人生を生き抜くためのさまざまな能力を獲得するための学びを保障する必要があること。そのためには、子どもたちに地域での豊かな体験活動と学校での知識・スキルの学びを二つながらに保障して、彼らが仲間とともに自分の人生をつくっていくことのできる力を養うことができるよう、地域と学校とが車の両輪のようにして連携・協働すること。この地域と学校の協働において、子どもたちが相互の間を行き来して、自分の人生と社会をつくる、このことの基盤的な制度としての学校、というものです。
そして、このコミュニティ・スクールの考え方をより実質化するためにとられた措置が、各学校に社会教育コーディネータを配置して、常駐させ、学校と地域社会とを日常的につなぐ仕組みの構築でした。
学校内に地域との交流スペースがつくられ、そこに社会教育コーディネータが常駐して、子どもたちと地域住民との交流を促すとともに、そこを地域の住民たちがコミュニティスペースとして整備し、常に学校内に地域住民が出入りする空間の形成を進めたのです。学校を拠点として、子どもとおとなをつなげる仕組みがつくられたのです(※)。
※大畑、前掲「島根県益田市発 公民館が未来の担い手育成!〜公民館は人材インキュベーション〜」、前掲誌、23頁
たとえば、豊川小学校のコミュニティスペースは、その内装はすべて地域の住民が手弁当で改修し、机や椅子などの什器もすべて住民が製作して、コミュニティスペースで活用するように置かれています。
また、そこは「マスダひとまちカレッジ」と呼ばれる益田市の生涯学習事業の「とよかわキャンパス」として活用されたり、さらに地域住民と子どもたちによる学びの実践の場所となったりと、常に子どもと住民がかかわりあう空間として使われています。
この空間に社会教育コーディネータが常駐して、子どもたちや教師たちと交流し、授業に参加し、子どもたちの学びと地域社会での探究活動とをつなげていくのです。
たとえば、次のような事例がありました。子どもたちが理科で学んだ菜の花の咲き方が地元の養蜂家と結びつき、子どもたちの地域活動が組織された、という話です。
子どもたちが学校で、菜の花が下の方から咲くことなどを学び、実際に観察してみましょう、という授業を受けます。学校の周りには自然が溢れていて、菜の花も田んぼの畦道などあちこちに咲いています。子どもたちは、朝夕の登下校時に、道草を食っては、菜の花に触れたり、それを手折って遊んだりしているので、教科書で習うことはすでに知っていることでした。
そのうちに、子どもたちは、菜の花で蜜を集めているミツバチに興味を抱き始めます。授業でも、ミツバチが話題になることもしばしばで、子どもたちは地元に養蜂家がいることも知っていて、実際にミツバチがどんな風に花の蜜を集めているのか知りたいといいだします。
(次回につづく)
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