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生活・趣味
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第21回記事「ひとが育つまち・3—ふるさとは「ひと」(3)」はこちら
この記事を書いた人
牧野 篤
東京大学大学院・教育学研究科 教授。1960年、愛知県生まれ。08年から現職。中国近代教育思想などの専門に加え、日本のまちづくりや過疎化問題にも取り組む。著書に「生きることとしての学び」「シニア世代の学びと社会」などがある。やる気スイッチグループ「志望校合格のための三日坊主ダイアリー 3days diary」の監修にも携わっている。
益田市では、地域自治組織の導入時に、公民館(地域振興センター併設)を「市民センター(仮称)」に改組して、地域自治組織に組み入れて、地域自治組織の指定管理とする案があったのですが、それが取りやめとなって、さらに地域振興センターも廃止となって、公民館へと一本化されることとなりました(※)。その上で、地域自治組織が市内全20地区に組織されることとなり、それを公民館が担うとともに、公民館の持つ「ひとづくり」の機能を「つろうて子育て協議会」が担うこととなりました。
※大畑伸幸「島根県益田市発 公民館が未来の担い手育成!〜公民館は人材インキュベーション〜」、『社会教育』(2018年11月号)20頁より。
公民館は各地区の自治を担う「ひとづくり」の館という位置づけを持つこととなったのです。
このような新たな公民館の位置づけを受けて、各地区で独自の地域組織をつくる動きが活発化していきます。たとえば、合併町村地区の一つであり、少子化にともなって小学校の閉校が取り沙汰されていた豊川地区では、「つろうて子育て協議会」を地域自治組織の「ひとづくり部会」と位置づけるとともに、地域自治組織を「ひとづくり部会」と「地域魅力づくり部会」の二部会制とした上で、「ひとづくり部会」を公民館が担うことにしました。この「ひとづくり部会は」その後、国の政策として全国的に展開されることになるコミュニティ・スクールの地域側の組織である地域学校協働本部の一つの姿を生み出すこととなります。
この後、このような地域自治組織の中に「ひとづくり部会」を設け、それが「つろうて子育て協議会」と一体化し、さらに公民館が「ひとづくり部会」の事務局の役割を担うことで、自治組織の大きな役割である次世代の育成を公民館が担うという仕組みを採用する地区が、たとえば真砂・北仙道・西益田などの地区にも広がっていくようになります。
つまり、「つろうて子育て協議会」の実践化の姿が地域自治組織の「ひとづくり部会」であり、その組織の運営を担い、実践を展開するのが公民館という関係がつくられることで、地域の次世代育成の実践が公民館の実践と重なることとなり、「つろうて子育て協議会」との関係を通して、公民館が地元の学校と強く結びつくようになっていったのです。
この地区の動きを受けて、益田市では、公民館が「つろうて子育て協議会」を通して学校と結びついて、次世代の育成を進める仕組みをつくった地区においては、子どもが減っても学校を統廃合しないという意志決定をすることとなります。そして、このような仕組みが、コミュニティ・スクール構想の実現に力を発揮することで、たとえば豊川小学校では学校と地域が日常的に連携協働して子どもを育てる関係がつくられていきました。
さらにこのような取り組みの結果、公民館と地域住民との関係も、公民館主事と地域自治組織内のコーディネータの協働によって、住民の自主的な学習活動や自治活動を促進するという形をとるようになります。
ここに、第19回記事に既述の「益田版カタリ場」を、学校と連携した公民館が多世代の「対話」を組織化する実践へと組み換えることで、住民自身が相互に、また子どもたちと「対話」を重ね、子どもをも巻き込んだまちづくりの実践を展開して、子どもを含めた住民自身がまちづくりの主役を担う実践の形が実現することとなりました。それを、関係者は、「ありがとう」というやってもらう/やってあげる関係づくりではなくて、「よかったね」というお互いに受け止めあい、認めあって、自分からやることで、相手を労う関係づくりへと地域の人間関係を耕すことだ、といっています。
こうして、公民館が「ひとづくり」の館となることで、各地区の公民館同士が連携して、益田市全体が「ひとを育てるまち」へと、さらに「ひとが育つまち」へと練り上げていく動きが生まれることとなったのです。
このような各地区における「ひとづくり」の動きを受けて、益田市の行政も積極的に「ひとづくり」を市の施策の中に位置づけていきます。
2014年には、地域教育コーディネータであり社会教育主事でもあったOさんを社会教育課長に任命し、学校教育と社会教育との連携強化を可能とする人事を行います。さらに同年、「益田市教育ビジョン」「益田市社会教育計画」を策定して、就学前教育・小中学校・家庭・地域の連携強化、ふるさと教育の推進、市民の学びの保障、社会教育関係団体の人材育成の促進が明記されました。
2015年には、「益田市未来を担うひとづくり計画」を策定し、キャリア教育を職業体験から脱皮させ、「ライフキャリア」として提起し、その取り組みの展開をin・about・for・withの4段階としました。
inとは幼児期(幼稚園・保育園)に、地域の中で体験する・浸ることを意味し、地域を遊び倒す・味わい尽くすことを示しています。aboutとは、小学生期に地域について知る・伝えることを意味し、地域のおとなたちと交流しながら、学ぶことを示しています。forとは、中学生期に地域のために行動し、地域に貢献することを意味し、よりたくさんの地域のおとなたちと交流しながら、必要とされる悦びを実感し、実際に行動することが求められていることを示しています。そしてwithは、高校生期で、地域とともに未来を描き、地域の人々を結んでいくこと、そこではおとなたちも地域のおとなだけでなく、より広い全市のおとなたちがかかわることが想定されていることを示しています。そして、青年期に入って、自分流の人生を描き、さらに今度は、地域のおとなとして子どもたちへとかかわること、こういう循環を描いて、一人ひとりの市民が、子ども期からおとなになる過程で、自らの人生つまりライフキャリアを構想する力と子どもたちのロールモデルとなって次世代とかかわる力を培うことが期待されているのです(※)。この構想は、【図1】のように示されます。
※『益田市の未来を担うひとづくり計画』(2015年12月)より。
また同年、益田市「教育に関する大綱」が制定され、教育と子育ての一体的推進、子どもの学力向上、ふるさと教育の推進、ライフキャリア教育の展開が書き込まれました。さらに同じ年に益田市社会教育委員の会が「提言 子どもの育ちを支える地域のあり方」を公表し、学校と社会教育さらには地域社会が連携・協働して次世代を育成することが提起されました。
益田市では、この年から「益田版カタリ場」を学校において展開し、翌2016年からは本格実施することとなります。その結果、既述のように、2020年には全市民の10パーセントが「益田版カタリ場」経験者となるのです。
2016年には、「益田市ひとづくり協働構想」が策定され、すべての教育行政の核としての機能を持つ「ひとづくり推進本部」が設置され、この推進本部と社会教育主事とのかかわりが明記されることとなります。この「ひとづくり推進本部」は、行政の各部門横断的な組織でもあって、益田市の産業・地域自治・未来の担い手育成を担当するとされました。
そして、2017年には、Oさんが社会教育課長を担ったまま、ひとづくり推進監という部長級の役職を兼務することとなります。つまり、Oさんが、社会教育主事・地域教育コーディネータでありながら、社会教育課長でもあり、さらにひとづくりの担当部長を兼務するという体制が、行政内部につくられることとなったのです。こうして、社会教育がいわゆる一般行政部局の関係課をも束ねる体制が構築されていきました。
益田市の将来の産業や地域自治を担う「ひとづくり」を社会教育が主導して進めることとなったのです。
2018年には、「今後の公民館のあり方についての指針」が出され、住民自治・ひとづくり・地域の担い手づくり・公民館職員の資質向上が明記され、とくに世代をつないで、益田市を次の世代へと持続可能な自治体へと創造することが明記されました。
2020年にはさらに、「今後の小中学校のあり方実現に向けた実施計画」が公表されます。この計画には、小中学校の公民館化・地域拠点化が明記され、そのモデルとして既述の豊川地区の取り組み、つまり豊川小学校と公民館とが連携・協働して、地区の住民自治の担い手と次の世代の育成を進める取り組みが紹介され、豊川地区のように取り組むのであれば、中山間地区の小学校は再編しないことを、益田市が決定したことが記されることとなりました。
その結果、たとえば真砂地区では、「ときめきの里真砂」という地域計画を策定し、そこで「真砂小学校改築案提言」が出されるなど、独自の取り組みを促すことにもなりました。それはまた、市の小中学校整備の基本方針に従って、中学校の閉校・再編を受け入れた真砂地区からの重い決断と提案でもありました。これは、中学校跡地に小学校と地域コミュニティとの核となる複合施設を建設するという案で、教育・福祉・防災だけではなく、食と農をも組み込んだ、「ひとづくり」を基盤とする交流と健康そして自治の拠点形成構想なのです(※)。
※ときめきの里真砂『真砂小学校の改築に際する提案書—真砂のコミュニティの核となる複合化施設—』(2020年6月)より。
また同年、Iターン者を中心に、若者の居場所づくりと高校生と地域住民とを結びつけることを主要な役割として、一般社団法人豊かな暮らしラボラトリー(通称ユタラボ)が組織されることとなります。ユタラボについては、後述します。
さらに、「益田市未来の担い手育成コンソーシアム」が形成され、「ひとづくり」と結びつけられることとなります。
そして2021年に、益田市は「第6次益田市総合振興計画」を策定しますが、そこには「横断目標」として「ひとづくり」が明記され、そこから、次代を担う人材育成、協働のまちづくり、持続可能なまちづくりが書き込まれることになりました。市の計画として、定住・結婚・出産・子育ての希望を叶える施策、UJIターンの積極的受け入れ、地域資源の活用の提起へと展開するのです。
このように、とくに2014年以降、公民館と地域自治のあり方をめぐる紆余曲折の後に「ひとづくり」を基本的な方針として、それを公民館が担う形で各地区の自治組織のあり方がとらえ返されるに至る過程で、益田市自体の行政の在り方が、社会教育が主導し、公民館が具体的な担い手となる、学校と地域社会とを結びつけつつ、次世代の担い手を育成する仕組みへと組み換えられていったのです。それがさらに、「ひとを育てる」まちから「ひとが育つ」まちへと、展開しているのが、今日の姿なのです。そのキーパーソンがOさんでした。
(次回につづく)
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