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2020.07.29
仕事・働き方
2020.06.15
ほしお さなえ
作家
1964年東京都生まれ。1995年『影をめくるとき』で群像新人文学賞小説部門優秀作受賞。代表作に「活版印刷三日月堂」シリーズ(ポプラ文庫)。ほか「菓子屋横丁月光荘」シリーズ(ハルキ文庫)、児童書「ものだま探偵団」シリーズ(徳間書店)など。
HP: hoshiosanae
140字小説活版カード
twitter上に発表した140字小説を、名刺サイズのカードに活版で刷ったもの。すべて140字ぴったりの掌編で、印刷は一文字ずつ活字が組まれている(印刷・九ポ堂)。現在その種類は70にもおよび、5枚ずつのセットと70枚すべてがはいった箱入りセットを、文芸同人誌の即売会「文学フリマ」 やオンラインショップにて販売する。
hoshiosanae shop
――140字小説活版カードは、本を出版するのとはまったく異なる形での作品発表ですね。きっかけは何だったのでしょう?また、140字小説と活版印刷では、どちらを先に取り組まれたのですか?
140字小説の方を先に始めました。きっかけは東日本大震災です。実は、震災の後、小説を書こうとしても言葉が出なくなってしまったんです。どんなことを述べても中身がないような気がしていました。
児童書はまだ書けました。娘が小学生だったので、子どもに対しては前向きのメッセージを届けたいという気持ちと、長年の友人でもある編集者の支えがあったからです。
でも大人向けの作品は、それまでの構想がすべて壊れてしまい、新しいものも出てこなくなってしまいました。あのような悲惨な出来事に直面し、「自分は何もできない。今何を物語ったらいいのかわからない」という状態に陥っていました。
ただ、そんな中でも日々少しだけ言葉が浮かんでくることがあり、それらを試しに書き表してみたら、140字くらいになったんです。
――それでtwitterで発信を?
そうです。その1、その2、その3と発信してみたら反応してくれる人たちがいました。
最初は10くらいで終わりかな、と思っていたんですが、その後も言葉は出てきたので、続けていきました。140字だと短いので、現実を書くのではなく、空想の世界の糸口だけを示すように書けるということで、気負わずにできたのです。
また、twitterでの反応は「いいね」やリツイート程度だったのですが、「その向こうに押してくれた人がいる」と感じ、励みになっていました。 それも続けることができた要因かと思います。
アップしてきた140字小説は700を超える
――続けていくうちに何か形にしようという気持ちが出てきたのですか?
そうですね。数が100に近づいた頃から、まとまった形にしようと思うようになりました。
というのは、100に達する少し前から「もう少しで100ですね」などコメントをいただくようになったんです。達したときには「おめでとうございます」とお祝いメッセージをいただきました。それがモチベーションになって、作品集にして残したいなと思ったのです。
ただ、100で完結したいというわけでもなかったので、どういう形にするか迷いました。私は編集の仕事もしていましたし、小説のほかに詩集や、ちょっと変わった形式の創作もしていたので、もともと本作りに意欲があったんです。それで昔から関心のあった活版印刷を思いつきました。
――活版印刷ができる場所を探すのは大変だったのではないですか?
取り掛かり始めたのは2012年のことでした。活版が減ってきているのは以前から知っていましたが、その頃はいよいよ大きな印刷所の活版部門もどんどん閉じていっている時期でした。
それでも、どうにか活版で受けてくれるところはないものかと、インターネットを駆使して調べまわりました。すると、印刷所ではなく、活版印刷を自分たちの表現にしようとしている個人の工房がいくつか見つかったんです。
そのなかで「ここにお願いしてみたい」と思ったところに連絡して主旨をお話ししたところ、引き受けてもらえることになりました。それが九ポ堂さんでした。
※【関連記事】活版印刷・紙雑貨の「九ポ堂」が広げる空想世界。表現の探究を続ける夫婦の話
一文字ずつ「活字」を拾って版を組む
手キンといわれる手動の機械で活版カードを刷る (2013年撮影。現在はデルマックスという小型自動機で印刷する)
――九ポ堂さんとの打ち合わせのなかで名刺サイズのカードという形式に?
そうですね。どんな形にすればいいのか九ポ堂さんに相談しながらすごく考えました。ふと、「140字なら名刺サイズにもなるな」と思いつき、まずは「自分の名刺の裏に140字小説を刷ってみましょう」という話になりました。
それでその完成品の、小説面だけを撮ったものをTwitterにアップしたら、「欲しい」という声をいただくようになったんです。でも名刺ですから、知らない人には配れない(笑)。だから、小説面だけのカードを作ったんです。さらに、せっかく作ったのだから「販売してみよう」となりました。
――ほしおさんが文芸同人誌の即売会である「文学フリマ」で、140字小説活版カードを手売りする姿には驚きました。
文学フリマへの参加は大学の教え子たちがきっかけでした。私は大学で小説創作を教えています。学生たちは皆すごくいい作品を書くので、これらを授業の課題ということで終わらせたくないという思いがあったんです。それで、良い作品を選んで冊子にし、出店することになりました。
フェリス女学院大学の在校生+卒業生による文芸サークル「文芸創作ほしのたね」
準備は学生たち主導で、私が引率で行く必要はなかったんですが、でもちょっと心配だから様子を見に行きたいという気持ちがありました。そこで私も別ブースを取り、活版カードを販売することにしたんです。5枚セットとの形からスタートしました。
5編で1作品となっている
――その行動力には敬服します!文学フリマではTwitterとは違って、実際に作品を手に取る方の反応が見られたと思いますが、いかがでしたか?
実際に見ていただいた方からはよく、「活版って、物質って感じがしますね」という感想をいただきました。紙も物質で、活字も物質、それを合わせて作っているからではないかと思います。「文字に厚みを感じる」と仰った方もいました。
私自身、活版の魅力は、並んでいる文字が均一でないために字間に微妙な揺らぎがあったり、出っ張っている版を物理的に紙に当てるので微妙な凹みができたりする、というところにあると感じています。
当時の職人からしたら、凹みや揺らぎはできるだけなくしたいもので、そこを褒められることには違和感があるようですが、活版が減ってきている現代だからこそ、「人の手で作っている」というあたたかみが感じられます。
できる限りきれいに作っていても少しだけ均一でない、そういうものは、あまりに均質なものより人の心を惹きつけるように思います。その魅力を共有して人とふれあえることができたのは良かったです。
――活版カードの活動を続けていたことによって、小説「活版印刷三日月堂」(以下「三日月堂シリーズ」)の執筆の機会も得られたんですよね。
三日月堂シリーズの発表は、出版社の方から「お仕事ものの小説を書きませんか?」とお誘いを受けたことがきっかけでした。
長い間書くことができなかったんですが、ふと活版のことを書いてみようと思いました。工夫しながら活版に取り組んでいる若い世代と、それを見守りながら技術を伝えている年配の世代の交流を見ていたからだと思います。古い技術の素晴らしさと、それを新しい形で生かそうという動きを多くの人に伝えたいと感じました。
140字小説を書いているだけではダメで、人とのやりとりや、活字という実体があったから、物語を作る力が戻ってきたんです。
――「ようやくまた書ける」という境地にたどりついたのですね。
そうですね。それともう一つ、その頃父(※)が半年の余命宣告を受けたところでした。父の最期の手伝いをしながらの執筆だったので、必死でした。父も本を書き、「物質」としての本を愛する人間だったんです。だから、「これは今書かねばならない」という思いでいっぱいでした。
とはいうものの、書いている最中はあまりに必死すぎて、「書けるようになった」という安堵感のようなものはありませんでしたけどね(笑)。
父は私が書き上げる前に亡くなってしまいましたが、「これからは自分で道を決めていかなければならない」と覚悟を決めることにもなり、活版カードの活動から結実した三日月堂シリーズは自分にとって大きな転機でした。
※小鷹信光(こだか・のぶみつ)
ミステリ評論家・翻訳家、作家。1936年岐阜県生まれ。早稲田大学英文科卒。海外のハードボイルド作品を多数翻訳し日本に紹介した。訳書、編纂書は100冊を超える。
――活版カードの取り組みは今後も続けていかれますか?
もちろん続けていきます。これからは活版だけでなく、いろいろなものづくりの伝統に目を向けて行きたいと思っています。
今は、和紙と漆に興味を持っています。芸術というより、かつては人の手であたりまえに作られていたものに美しさを感じます。絹にも関心があります。以前は大勢の職人が携わっていましたが、職人はどんどん減っています。作る人が途絶えれば、作り方もわからなくなってしまう。そのようなものに目を向け、紹介していきたいです。
そしてやはり、その魅力を伝えるには実物を見てもらうのが一番なので、活版カードのような製品を作って世に出すことができたらよいという風に考えています。
――それらがまたほしおさんの「書く力」に結びついていくのかと思うと、読者として非常に楽しみにです。ありがとうございました!
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この記事を書いた人
ほんのまともみ
やる気ラボライター。様々な活躍をする人の「物語」や哲学を書き起こすことにやりがいを感じながら励みます。特に子どもの遊びや文化に携わる人、出版業界界隈に関心が高いです。JPIC読書アドバイザー27期。