新納一哉さん、ゲーム開発にかける想い「やりたい気持ちに、ウソをつきたくない」
2020.07.29
仕事・働き方
2022.03.4
荒岡 修帆(あらおか・しゅうほ)
1996年、東京都出身。幼少期からサッカーに夢中になるも、度重なるケガなどの結果、中学生で半年に及ぶリハビリ生活を経験。そこでのリハビリを通して身体の仕組みに関心を抱き、高校卒業後は理学療法学科に進学。2016年4月からドイツへ留学し、ライプツィヒ大学にてスポーツ科学を専攻。現在はフィジカルコーチとしてRBライプツィヒの中学生年代を指導している。
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――ドイツに来て6年になるそうですね。まずは現在の活動について教えてください。
今はブンデスリーガに所属する「RBライプツィヒ」というクラブで、U-14をメインにフィジカルコーチとして中学生年代の指導をしています。
RBライプツィヒは飲料メーカー「レッドブル」が、プロモーションの一環として2009年に設立した比較的新しいサッカークラブで、2016年にドイツのトップリーグ(ブンデスリーガ1部)に昇格したあとは、基本的に上位に位置する強豪クラブになりました。
レッドブルはエナジードリンクの会社なので、市場にどういうイメージを与えたいかというと、エネルギッシュでエキサイティングなイメージだと思うんですね。ということで、これまでモータースポーツやスケートボードなどのエクストリームスポーツに資金を投じてきたのですが、その要素をサッカーのピッチ上でも表現したいと。
じゃあ、それらを表現できるのは何かというと、きっとスピーディーでアグレッシブなサッカーになるので、若くて、元気で、溌剌とした、走れる選手が多いのが特徴です。
――フィジカルコーチというのは、どんな役割なのでしょうか?
サッカーにおけるフィジカルというのは、どれだけ速く走れるか、高く跳べるか、相手に強く当たれるか、といったことを指します。また、90分という時間を通して戦わなくてはならないので、どれだけそれぞれの質や頻度を維持できるかってこともすごく重要になってきます。
速さ・高さ・強さ、持久力・効率性、それらを向上させるためには何をしたらいいのかを指導することが、フィジカルコーチの代表的な役割です。そこでは、すべての基礎となりケガを予防することにも繋がる筋力トレーニングや、身体の可動性、操作性を高めていくための方法も教えています。
ただ、フィジカルトレーニングはサッカーのトレーニングの一部にすぎないので、毎日それだけをやっているわけではなくて、選手の疲労度に応じた練習メニューの微調整や、問題やケガを抱えている選手の個人トレーニング、身長・体重、走るスピードやジャンプ力、筋力などのデータ管理、フィジカルに関する監督やコーチの教育といったところも、おもな仕事になっています。
――かなり幅広いですね。大変そうです!
はい、大変です(笑)。U-14の選手だったら、早ければ4年後にはプロになります。というか、そうなるよう指導しなくてはいけないので、常にプレッシャーはありますね。
ただこう言っちゃなんですが、子どもたちの未来に僕ら大人がプラスできることって、そんなに多くないと思うんですよ。子どもたちがどんな道を歩んでいくか、というところに、どれだけちょっとしたスパイスを加えてあげられるかだと思うんですけど、反対に、子どもたちの未来を壊すことは簡単にできてしまう。
だからこそ、少し先を行く身として、子どもたちと関わるときには責任を持たなくてはいけない。子どもたちの未来を絶対に壊してはならない。これはサッカーに限らずだと思いますが、子どもたちの指導をするときは、いつもそう肝に銘じています。
――サッカーのフィジカルコーチを目指そうと思われた理由は何だったのですか?
もともとのきっかけは、僕自身がよくケガをしていたことだったんです。子どもの頃からサッカーが好きでしたが、毎日やりたいのに、ケガで離脱しなきゃいけないことが何度もあって。すごく大きなケガをしたわけではなかったんですけど、捻挫とかをよくしていて。
中学生のときには、ケガだけじゃなく成長痛もひどくなってしまい。それでもガマンしてサッカーをしつづけていたら、結果的に半年間に及ぶドクターストップがかかってしまいました。そのときに初めて理学療法士さんの指導のもとリハビリをしたんですけど、自分の身体がすごく変わって、「こんなに変わるんだ」と驚きました。で、その変化を「面白い」と思ったんです。
それから身体の仕組みに興味を持って、独学で勉強しては自分の身体で試すようになり、大学は理学療法学科に進みました。高校までは選手としてサッカーを続けていましたが、大学からはトレーナーとして選手の身体のケアやトレーニングの手伝いをするような形で関わるようになりました。ですから、中学での経験が大きかったんでしょうね。
――そこから、なぜドイツに移住されようと?
大学2年生の夏休みにヨーロッパを一人旅したんです。当時19歳で「世の中こんなものだろう」みたいな常識が自分の中で出来あがっていたんですけど、いざ外に出てみたら、それに当てはまらない真新しい世界が広がっていました。
たとえば、日本では肌の色が違ったりしたらすごく目立ちますよね。同じ日本人であっても、自分たちとは違う特徴があったら同じグループに入れようとしなかったり、入っていきにくい社会が広がっていると思うんですよ。
ところが、約1ヶ月かけてヨーロッパ各地のサッカークラブを訪れてみると、いろんな肌の、いろんなバックグラウンドを持った人たちが、ひとつの目標に向かって活動している。サッカーに限らず、街でも一緒に暮らしている。
旅先のドミトリーでルームシェアしていた人たちも、お金の有無とは関係なく幸せそうに暮らしていたり、自分の国で紛争が起こってしまってこっちで暮らすしかない状況だったりして、「こんな世界があるんだ」と驚きました。
これまで知ることができなかった、自分がまったく知らなかった世界に触れることができる。そういう部分に強く魅力を感じて、こっちで暮らしてみたいなと思ったんです。
実際に住む場所としてドイツを選んだのは、スポーツ科学、サッカー、滞在許可の得やすさ、あと授業料も無料でしたし、タレント育成の評判が良かったことも大きかったですね。
――留学後、どのようにしてRBライプツィヒのコーチになられたのですか?
ドイツに行くのであれば、ブンデスリーガのクラブでフィジカルコーチをやることをひとつの目標に置いていたのですが、大きく2つの方法があると考えていました。
1つは、フィジカルコーチとして実績を積み、ブンデスリーガのクラブでポジションが空いたときにそっちに流れていく方法。もう1つは、まずはブンデスリーガのクラブに入って、そこで信用を積み重ねていって、ポジションが空いたときにフィジカルコーチになる方法。
サッカーは基本的にはコネの社会なので、どうやってネットワークに入っていけるか、ということがものすごく重要で、外国人の自分の場合は、後者のほうがいいんじゃないかと考えました。結果的に、U-9のコーチから始めて、U-12、13を経て、今シーズンからU-14で1チーム20名くらいの選手を担当しています。
――コーチとして選ばれるために努力されたのは、どんなことでした?
ほかのドイツ人がやってないことをやろうと思っていました。たとえば、練習場に足繁く通ったり、そこでコミュニケーションを取ったり。そういうことを継続的にしているのは僕だけだったので、それもコーチとして採用されるひとつの理由になったのかなと。お金が出なくても、ずっと通い続けるっていうのは、日本から留学生として来た僕だからこそできたことかなって思っています。
ただ、その中でいちばん苦労したのは、結局のところドイツ語だったかもしれません。ある程度のコミュニケーションが取れるようになるまでには、かなりの時間がかかりました。
――ドイツ語は現地で覚えた?
はい。まったくのゼロの状態でドイツに来たので、最初は語学学校に通っていたんですけど、大学に入れるレベルのドイツ語を習得するだけでも10ヶ月かかりました。それでも10ヶ月で学べるドイツ語しか身につかないので、ドイツ語を母国語として暮らしてきた人たちにはとうてい太刀打ちできません。
ライプツィヒ大学に入学してから最初の1年くらいは暗黒期でしたね(苦笑)。飲んだり騒いだりして仲良くなれる知り合いはできても、お互いのことを理解し、仲を深めていくような友だちはなかなかできなくて。
相手のことを理解したくても言葉がわからないし、向こうから何か聞かれても、僕から言葉が出てこない。言葉がないと、何もできないんですよね。そういう意味では苦しい時期もありましたけど、それこそRBライプツィヒをはじめとしたサッカー関係の活動を広げていく中で、ある程度のコミュニケーションが取れるレベルのドイツ語をなんとか手にしていったっていうかんじですね。
――ドイツの子どもたちを指導するうえで、大事にされていることは?
いちばん大事なのは、子どもたちとの信頼関係ですね。いくら正しいことを言っても「この人は自分の話を聞いてくれない」とか「どうせ自分が何か言ってもわかってくれない」となってしまったら、コミュニケーションなんか取れないですよね。
だからこそ、お互いに理解しようとすることや、嘘をついたり、ごまかしたりしない、わかったつもりにならないというのは、すごい重要なんじゃないかと感じています。そのうえで、リハビリや個人トレーニングのときに僕がよく使うフレーズがあって、それは「何のために」です。何かのトレーニングにしてもケアにしても、「何のためにやるのか」ということがわかっていないと、結局、自分で考えられないし、応用もできません。
これは日本でも重要なはずなんですけど、学校では教師の数に対して生徒が多すぎたり、家庭でも両親が共働きだったりして、子どもと先生、子どもと親でコミュニケーションがなかなか取れなかったりすると、答えだけのやり取りになってしまいがちだったりするのかなと。ただそうすると、子どもたちはディスカッションをしたり、人の話を聞く中で、他人と自分との違いを見出して、そこを整理して何かを見つけていく、というプロセスを追えなくなっちゃうと思うんですよね。
ドイツでは、子どもたちもわからないことはちゃんと「わからない」と言って聞き直します。そういう文化が根づいている国なので、指導者として、その子たちとしっかりコミュニケーションを取って、お互いに理解しあい、その先どうしていくかってことを話し合うのがすごく重要だなと感じています。
――日本とドイツの違いは、お互いの理解を深めること?
僕はそう感じています。日本だと文化的な背景から、暗黙の了解になっている事柄が多く、「だいたいこうなんだろうな」と自分の中で解釈するのが当たり前になっていますよね。
スポーツの現場でいうと、指導者も子どもたちもお互いに理解したつもりになっていて、いざ試合がはじまるとまったく違うことをして、指導者から「お前たち何をやってるんだ、全然聞いてなかったじゃないか!」と怒鳴り声が上がったりすることがあると思うんですけど、それってただ単に伝わってなかっただけなんですよね。
ドイツでは、そういうことは起きにくい。何がそうさせているかというと、それは、わからないときにちゃんと「わからない」と言うことだったり、相手がどんな状態なのかをちゃんと理解しようとしていることだったりするんじゃないかなと。これは日本の人も学べることだと感じています。
――子どもたちのやる気を引き出すために工夫されていることはありますか?
それぞれの子どもが何を目指しているのか、お互いにちゃんと理解したうえで、何ができるようになったらそれが実現できるのか、そのイメージを鮮明に共有してあげることがすごい大事なんじゃないかなと思っています。まず前提として、フィジカルトレーニングを最初から楽しめる子どもなんてなかなかいないですから(笑)。
どんなプレーをして活躍したいのか、どんなプレーに問題を抱えているのか。まずはそれを理解して、「今の状況ってこうだよね」「こんなことができるようになったら、そのプレーができるかもしれないね」と、その子が今やっていること、やらなきゃいけないこと、自分がやりたいプレーをして輝いているイメージをすべて結んであげる。
そこがすごい重要だと思っているので、僕が何にいちばん時間を使っているかといったら、監督やコーチはもちろんなんですけど、選手とのコミュニケーションになりますね。
――荒岡さんご自身の「やる気の出し方」もあったりしますか?
自分からやる気を出そうと思って何かをすることは、ほとんどないです。大事なのは、「やる気が出ることをできているのか」だと思います。
そもそも「やる気を出そう」と思うってことは、やる気が出ない環境にいるってことじゃないですか。なので僕は、「やる気が出る環境にいるのか」という自分の立ち位置について考えますね。
――やる気を出すには、やる気が出る場所にいることが大事?
僕はそう思っています。今のフィジカルコーチとしての活動も、いつも何かしら面白いと思えることができているからこそ続けられています。
やる気を出すためには、「どうやったらもっと面白くなるんだろう?」と考えて、自分の立ち位置や次にやることを決めていくことが重要なんじゃないかなと思います。
――自分が面白いと思える環境に出会うには、どうしたらいいと思いますか?
一歩、外の世界に足を踏み出すことだと思います。それがまったく違う世界であれば、よりいいかもしれませんが、そうじゃなかったとしても、今の自分がいる居心地のいい場所に片足を置きながら、もうひとつ別の世界に足を踏み入れてみる。
そうやって、少しずつ少しずつ、自分が知らなかった世界を知るような努力をしていくと、世界が広がっていきます。その過程で、今まで知らなかったことと、既に知っていたことが繋がったりして、面白いことが見えてくるんじゃないかなと思います。
――それでは最後に、今後の夢や目標は?
それについても同じですね。面白いことができる場所にいることを続けたいです。ずっとドイツにいることはないと思いますが、他の国に行くのか、いつ日本に帰るのか、とかは決めていません。面白いことって、そのときの自分の状態によって変わると思うんですよね。
「面白いことはこれだ!」と決めてしまうと、その枠の中にあるものにしかアンテナが働かなくなってしまいます。だからこそ、何が面白いのか、あえて箇条書きせず、その時々の自分の感性に従って考えたり、動いたりしていきたいです。いい風が吹いてきたら、それに乗ってしまえ、みたいなかんじですね(笑)。
――ありがとうございました。今後のご活躍も楽しみにしています!
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この記事を編集した人
タニタ・シュンタロウ
求人メディアの編集者を経て、フリーランスとして活動中。著書に『スローワーク、はじめました。』(主婦と生活社)など。