仕事・働き方

【長野県警山岳遭難救助隊/トレイルランナー 秋山穂乃果さん】大好きな山とともに。「困っている人を助けたい」思いと「楽しさ」で切り開いた3つの道

2023.02.10

     

長野県警で山岳遭難救助隊の一員として山の安全を守る秋山穂乃果巡査は、警察官として電話でお金詐欺(特殊詐欺)の撲滅に努めるかたわら、日本を代表するトレイルランナーの顔も併せ持っています。トレイルランで培った精神力や体力を活かし、困っている人々を助ける。強みを生かしながら好きなことに妥協せず、自分らしく道を切り開いてきた秋山さんの軌跡を辿りました。

     


     

秋山穂乃果さん関連画像
秋山穂乃果(あきやま・ほのか)

1993年9月29日生まれ 29歳。兵庫県西宮市出身。神戸大学を卒業後、大阪毎日放送に入社して報道カメラマンとして活躍。報道の現場で「事実を伝える側ではなく、人を助ける側に回りたい」と思い、2019年に同社を退社して長野県警察官を拝命。2021年春からは長野県警生活安全企画課特殊詐欺抑止対策室特務兼山岳遭難救助隊の一員として活躍を続けている。また、2017年に始めたトレイルランでは初年度から様々な大会で好成績を収め、3年目の2019年にトレイルランニング世界選手権の日本代表に選出(40位)。2021年の同大会では、日本人選手で最高となる14位でフィニッシュ。来夏にオーストリアで開催予定の世界選手権では10位以内を目指す。

長野県警公式HP:長野県警察
公式Twitter:長野県警察

     

     

     

“三足のわらじ”で駆け抜けるハードな日々


     

――警察官と伺いましたが、山岳遭難救助隊員でもあり、国内トップクラスのトレイルランナーでもあるということで、いったいどんな生活をされているのか想像つかないです。

     

普段は長野県警で、電話でお金詐欺(特殊詐欺)を抑止する生活安全企画課特殊詐欺抑止対策室と山岳遭難救助隊の仕事を兼務しています。特殊詐欺抑止対策室では、高齢者の方が被害に遭うケースが多い特殊詐欺の予防啓発活動をしています。山岳遭難救助隊では、登山者の遭難事故の救助活動や、山の安全を呼びかける啓発活動などをしています。休日は、山でトレイルランの練習をしたり、大会に出場したりしています。

     

     

――かなり忙しいと思いますが、どのようなスケジュールで1日を過ごしているんですか?

     

平日は朝4時に起きて、7時まで山を走った後、日中は、警察本部で勤務しています。

     

帰宅後はジムに行って筋トレをしたり、ボルダリングのジムでクライミングの練習をしたりして、22時ぐらいには寝る生活です。

     

――ハードですね! どんなことが支えになっているんでしょうか。

     

この生活を続けられるのは、人よりも我慢強いからだと思います。トレイルランでは、脱水になったり、熱中症になったりもします。爪が剥がれることもあって、痛いし苦しいし、意識が飛びそうになることもあるんです。

     

警察官としての訓練もきついのですが、そういうハードな局面を経験してきたので「これぐらいなら大丈夫だな」と思えることが多いです。

     

それから、山には「どんな景色が見られるんだろう?」という楽しみがあるので、どんなに苦しい経験をしても、毎回忘れて行きたくなるんですよね(笑)。職場でもトレイルランの活動を応援していただけるので、それも一つのモチベーションになっています。

     

――警察官としては、どのような場面で仕事のやりがいを感じますか?

     

日常生活で詐欺などに直面することや、自分が培ってきたスキルで誰かを助けられるような経験ってあまりないと思うんです。警察官という仕事柄、そういう機会が多いので、困っている人を助けることができることにやりがいを感じます。

     

防犯指導などでお年寄りの方々の家を巡回したことがあるのですが、その時のおばあちゃんが今でも連絡をくれたりして、「必要とされているんだな」と思えるのも嬉しいです。    

     

秋山穂乃果さん関連画像
(写真:長野県警察2023年カレンダーより)

     

――地域との信頼関係も大切にされているんですね。とはいえ、危険と隣り合わせのお仕事ですよね。

     

危険であることを理解しているので、毎日、体を鍛えていますし、訓練にも励んでいます。地域の安全・安心を守ることが私の仕事です。

          

     

     

「自分らしさ」を貫いて、報道カメラマンから警察官へ


     

――小さい頃の夢は何だったんですか?

     

当時、「将来なりたいもの」とか、「絶対にこれがやりたい」という夢は特になかったです。でも、体を動かすのが大好きだったので、いつも外で遊んでいました。小学校の時に中学受験をして、中学では水泳部、高校と大学では陸上部に所属していました。    

     

――高校から走ることを本格的に始めたんですね。何かきっかけはあったんですか?

     

もともと走ることは得意だったんです。小学校のときのマラソン大会でも他の子よりも速かったので。というのも、保育園の頃からよく走っていました。母は山が好きで、小さい頃から一緒に山登りをしたり、母が乗っている自転車の後ろをよく追いかけていて(笑)。

     

母が私に体力をつけたいと思ったんですかね。他の子供が自転車の後ろに乗っていても私は走ってついて行っていたので、走る機会が多く、自然と速くなったんだと思います。それで「高校では陸上をやってみようかな」という感じで陸上部に入部しました。

     

――小さい頃から鍛えられていたんですね。本格的に走る競技に挑戦してみてどうでしたか?

     

長距離が得意だったんですが、高校の時も関西大会止まりでしたし、大学でも全国大会には行っていなくて。高校の部活でも、「楽しいし好きだけど、得意とまでは言えないかな」と思っていました。

     

当時の映像を見ると、他の選手と比べて私だけお相撲さんみたいな体型だったんです(笑)。でも、「速くなるために痩せよう」とは思わなかったんですよ。「勝ちたい」というモチベーションがなくて、私にとっては結果を出すことよりも楽しく走り続けることが大切だったので。

     

両親もとやかく言わずに応援してくれたので神経をすり減らすことがなく、走ることに対して嫌なイメージを一度も持たなかったからこそ、長く続けることができているのではないかと思います。

     

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小さい頃から走るのが好きだったという秋山さん(写真:長野県警察公式Twitterより)

     

――大学卒業後は、どんな仕事がしたいと思っていたんですか? 

     

就職先を考えるに当たっては、「自分がやりたいことを仕事にしたい」という思いがありました。それで、体を動かす仕事に就きながら人の役に立てたらと思って、警察官や自衛官の道も考えました。

     

ただ、警察官も、自衛官も「危険と隣り合わせの仕事」なので、両親から心配されたこともあり、そのときは諦めて報道機関に就職しました。

     

――警察官とはまったく違う業種ですね。

     

ええ。体を動かすことの次に好きなことはなんだろう?と考えたら、お笑い番組を見るのが大好きだったんです。それで入社試験を受けて採用してもらったんですが、私と同じようにお笑いが好きで入った同期も多く、みんながプロデューサーや番組制作を志望していて、激戦区でした。

     

しかも、同期は優秀な方も多かったので、「お笑い番組に携わるのは難しそうだな」と諦めたのですが…ちょうどその時に、「報道の女性カメラマンを増やしたいと思っている」という話を聞いたんです。カメラマンは体力が必要な仕事なので、お誘いを受けて「やってみようかな」と。

     

――カメラマンは技術職のイメージですが、実際にやってみてどうでしたか?

     

撮影は初めてだったので、最初の半年間はアシスタントとして音声のガンマイクを持って修行をしました。その後にカメラを持たせてもらったのですが、カメラは大きくて重いので、ピントを合わせるのもすごく難しくて。練習をしながら技術を身につけていく過程は、毎日充実していましたし、天候や時間も関係なく、体力が必要な現場も多いのですが、そこでは特にストレスを感じることなくやれました。

     

ただ、いろいろな事件や事故の現場に立ち会っても撮影をするだけで、なるべくありのままの状態を維持しながら撮影しなければいけないので。災害などで困っている人がいても助けることができず、何もできないことが精神的に辛く感じるようになりました。もともと人助けがしたくて警察官や自衛官に憧れていたので、困っている人を直接手助けできないことがはがゆかったんです。

     

――それが、警察官の道に進むきっかけになったんですね。

     

はい。ただ、親に「警察官になりたい」と言ってもまた心配されると思いました。それに、警察の中でも各都道府県の現場を担当する地方公務員と警察庁に配属される国家公務員があって、進路は悩みましたね。それで「自分は警察で何がしたいんだろう?」と考えたときに、「山岳遭難救助隊になりたい」と思ったんです。

     

――山岳遭難救助隊を目指そうと思ったきっかけは何だったんですか?

     

2017年に母と北アルプスの涸沢に登山に行った時に、救助隊の方が遭難防止の啓発活動をしているのを見たんです。警察官の方がちゃんと荷物を持っているか確認したり、天候について話したりしているのを見て、「警察官ってこういう仕事もあるんだな」と知りました。

     

トレイルランを本格的に始めたのも、その頃です。大学時代にキャンパスの裏にある六甲山を毎週、陸上部の練習で走っていたんですが、社会人になってからは遠のいていて。でも報道カメラマンになってから、仕事のストレスなどで体重が増えたのを機に、 また六甲山を登りに行ったり、土日に母と一緒に、長野に行って山を登ったりするようになっていました。その時にトレイルランという競技があるよ、と会社の同僚に教えてもらって、山を自由に走り回れる喜びを感じて、大会などに出場するようになったんです。     

     

「困っている人を助けたい」という気持ちと、「救助隊になれるなら、母も応援してくれるかもしれない」という思いが、山岳遭難救助隊を目指すきっかけになりました。

     

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山の安全を呼びかける啓蒙活動も山岳遭難救助隊の仕事(写真:本人提供)

     

――勤務地は最初から長野県を希望していたんですか?

     

警察の中で山岳遭難救助隊があるのが富山県か長野県だけだったんですよ。それと、当時、登山をしている時に富山の警察官にお会いしたことがあって、「救助隊に女性はいますか?」と質問したら「いない」と言われて。長野は全国で初めて女性が救助隊員になった前例があったので、長野で警察官になって救助隊を目指そう、と思いました。

     

――警察官になれたとしても、誰もが山岳救助隊になれるわけではないですよね?

     

そうです。山岳遭難救助隊になる人は、警察官採用試験に受かった上で、辞令によって配属が決まります。だからなれる保証はなかったですし、長野は実家から遠いし…ということで、親には言えなくて、黙って試験を受けました。

     

相談することで決意が揺らぐのが嫌だったのもあります。母には採用試験に受かって、会社をやめてから伝えました。

     

――自分の思いを大切にして、退路を絶って行動したんですね。お母様の反応はどうでした?

     

驚いていましたけど、会社をやめた後だったのでどうにもならないですよね(笑)。それで、背中を押してくれました。「無理だったらいつでも兵庫に帰ってきていいからね」と言ってくれました。

     

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山の安全を呼びかける啓蒙活動も山岳遭難救助隊の仕事(写真:長野県警察公式Twitterより)

     

     

     

走る原動力は「楽しい」。山と向き合い続けて、山岳遭難救助隊に


     

――トレイルランで自然の中を駆け抜けるのは気持ち良さそうですが、どんなところが魅力ですか?

     

夏場の山の景色はすごく綺麗ですし、体力づくりにもなります。普通の登山で1日でしか行けない距離を、走ればもっと先まで進むことができるので、土日の間に結構な距離の縦走ができるのも魅力ですね。

     

競技年齢層は40〜50歳の方が多く、仕事がひと段落ついて趣味でやっている方も多いんですよ。 

     

――トレイルランはここ数年で人気が高まってきましたよね。最初の大会はいつだったんですか?

     

2017年秋の若狭路トレイルラン(43km)が最初に出場した大会で、女子の部で2位になりました。

     

――最初の大会ですごいですね! 高校の頃はなかった「競争」に対する思いに変化もありましたか?

     

それが、「2位で嬉しい」という気持ちも、「1位になれなくて悔しい」という気持ちも湧いてこなくて(笑)。

     

そのとき1位だったのが吉住友里さんという方で、「すごいなぁ!」と思ったんですが、大会の感想は「海辺の景色が綺麗で楽しいな」ということぐらいでした。でも、その大会をきっかけにいろいろな大会に出るようになりました。

     

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いろいろな山を走れる喜びが原動力に(写真:長野県警察公式Twitterより)

     

――競技を始めて2年目には、『千羽海崖トレイルランニングレース』(37km)で優勝して、『トレイルランニング世界選手権2019』(ポルトガル)の日本代表に選出されました。

     

その大会が世界選手権の選考になっているとは知らなかったので、終わってから連絡が来て、「いけるんだ!」と驚きました。その時期は、ちょうど警察官採用試験に合格して警察学校に入ることが決まっていたのですが、警察学校と世界選手権の期間が重なってしまって。

     

警察に「行っていいですか?」と聞いたら、「警察学校の最中に試合に出場するなんて話聞いたことないよ」と言われて(笑)。でも、当時の教官が陸上が好きな方で、ありがたいことにいろいろと動いてくださって。

     

金曜の授業が終わってから急いで成田に行って、開催地のポルトガルに向かいました。他の人が1、2週間前に現地入りしていたのですが、私はレース前日の夕方に到着して翌日のレースを走ったんです。

     

――ほぼぶっつけ本番だったんですね。結果はどうでした?

     

トレイルランの世界大会は4種目あるんですが、当時は1種目しかなかったので、参加者は女性だけで200人ぐらいいて、私は40位でした。

     

トレイル世界選手権2019試合後インタビュー

     

――世界40位ですか! 「もっと上位に行きたい」とは思わなかったですか?

     

そうですね。最初から「楽しい」だけが原動力だったので、「今週末も山を走りに行こう」ぐらいの感覚で。今思えば信じられないぐらい練習をしていませんでしたから。大会に出るモチベーションも変わらず、「どんな綺麗な景色が見られるだろう?」とか、「どんな山だろう?」という好奇心がすべてでした。

     

ただ、2019年以降も世界選手権にコンスタントに出場するようになってから、少しずつ順位にこだわるようになりました。

     

――心境の変化があったんですね!

     

そうですね。職場の理解もあって仕事を休んで大会に行くようになったことは大きいです。

     

警察官の仕事はとてもハードで、交番勤務は三交替で人数も限られているので、休みの調整が必要です。だからトレイルランを続けていくのであれば、大会ごとに職場に申請を出さなければいけなくて。「出場する」と言ったからには、職場の方達も順位を気にしてくれるので、責任感が生まれました。

     

好きなことを続けるためには、ある程度結果も出さなければいけない。じゃあ練習するしかないか、と(笑)。

     

――なるほど(笑)。それで、今のハードな毎日をこなしているんですね。疲れが溜まって休みたいと思うことはないですか?

     

それはあまりないですね。私は運動をすることでストレスを発散するタイプなので、逆に運動しないとどんどんストレスが溜まってしまうんです。

     

だから、仕事のストレスもトレイルランで発散しています。その分、体のケアはしっかりしてきましたよ。

     

――2021年の春に長野県警の山岳遭難救助隊に入隊されました。警察官になってから3年目で目標が叶ったんですね。

     

なかなか大変な道のりでした。最初の2年間は交番勤務なのですが、山岳遭難救助隊になりたいと希望してなれる警察官は、最初の配属時に松本などの救助隊がある地域に配属されるんです。私は救助隊がない中野という地域だったので、「山岳救助隊にはなれないかもしれない」と、半分以上諦めていました。長野県警で1つしかない女性枠も埋まっていたので、周りからも「難しいと思う」と。それで、半ば諦めていました。

     

でも長野には山がたくさんあるので、毎週末に一人で走りに行っていて。2020年の12月に出場した伊豆トレイルジャーニーという大会で優勝して2021年の世界選手権の出場が決まったんです。トレイルランが一つの目標になっていたので、もう救助隊になれなくてもいいや、と諦めていたところで、急に配属が決まりました。

     

――レースで結果を出し続けたことも、良い影響があったんでしょうか。

     

なぜ救助隊員になれたかは、わからないままなんですが(笑)、希望を伝え続けたことはよかったなと思います。自分が入ったことで、長野県警は女性隊員が2人になりました。

     

嬉しかったですけど、実際にその立場になってみると、できるのかな?という不安もありましたね。

     

(日テレNEWS公式YouTubeより)

     

     

     

好きなことに没頭できる時間を大切にして、自分だけの道を


     

――どのようなトレーニングをしながら、救助要請に備えているんですか?

     

月に1回、1泊から2泊の実地訓練で、ロッククライミングの技術やロープワークなどを教えてもらって、あとは自分の時間を使ってトレーニングをしています。

     

――救助隊の一員として、今は自分の良さをどんなところで生かせていると思いますか。

     

トレイルランでもいろいろな苦しさを経験してきましたが、最後まで走り切るために、どんなに苦しい状況でも我慢できる強さはあると思います。

     

昨年、松本署に勤務していたときに3回ぐらい山岳遭難救助の現場に行ったのですが、かなりきつくて。ここは耐えなければいけないんだ、と自分に言い聞かせました。普通はあんな苦しさとか痛さを経験したら、「もうやりたくない」と思うものだと思うのですが、私はすぐに忘れてしまうところがあって(笑)。だから耐えられるんだと思います。

     

――2022年11月のチェンマイ(タイ)の世界選手権の結果は14位でした。2019年の40位から大きく順位を上げて、 日本人記録を更新したそうですね。

     

はい。私が出場したのは80kmのロングトレイルで、タイムは9時間9分でした。ただ、自分の中では14位では納得できなくて「もっといい順位を目指したい」と思いました。

     

刺激を受けた海外の選手がたくさんいたんですよ。自分よりもっと我慢強くて、体つきもムキムキで、ここまでやらなきゃいけないんだな、と。

               

秋山穂乃果さん関連画像
2021年の世界選手権では世界14位に(写真:本人提供)

――では、次のチャレンジを伺ってもいいですか?

     

2023年6月にオーストリアで開催される世界選手権で10位以内に入ることを目標にしています。

     

――大会まであと少しですね! 秋山さんのように、自分の強みを生かして道を切り開くためのアドバイスはありますか?

   

私もそうでしたが、周りの人の価値観で、「こうすべき」「こうした方が幸せになれる」と言われることがあると思います。

     

実際、私も警察官をしながら競技を続けていくのは大変ですし、「やめれば楽になるのに」と思われるかもしれませんが、自分の好きなことに没頭できている時間は幸せです。

     

仕事は人生の多くの時間を占めるので、お金を稼ぐためだけではなく、やってみて「楽しい」とか「好き」と思えることがあったら、「勉強しなさい」とか「こうした方がいい」と言われても突き進んだ方がいいと思います。

     

そのために時間を使って努力を続けていれば、それで生活していけるようになるかもしれない。そういう時代だと思いますから。

     

     

――ありがとうございました。次の世界選手権でのさらなる躍進を期待しています!

     

     

 


 

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この記事を編集した人

ナカジマ ケイ

スポーツや文化人を中心に、国内外で取材をしてコラムなどを執筆。趣味は映画鑑賞とハーレーと盆栽。旅を通じて地域文化に触れるのが好きです。

 
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