新納一哉さん、ゲーム開発にかける想い「やりたい気持ちに、ウソをつきたくない」
2020.07.29
生活・趣味
2022.10.18
この記事を書いた人
牧野 篤
東京大学大学院・教育学研究科 教授。1960年、愛知県生まれ。08年から現職。中国近代教育思想などの専門に加え、日本のまちづくりや過疎化問題にも取り組む。著書に「生きることとしての学び」「シニア世代の学びと社会」などがある。やる気スイッチグループ「志望校合格のための三日坊主ダイアリー 3days diary」の監修にも携わっている。
こんな人が増えると、大学も面白くなりそうだな、と思わせる本に出会いました。瀧本哲哉さんが書かれた『定年後にもう一度大学生になる』(ダイヤモンド社)です。この本は大きく二つの部分からなっています。
前半部分は、瀧本さん自身が大学を受験して、入学しようと思ったきっかけから、大学に入って、どんなに楽しい毎日なのかが、実体験にもとづいて、活写されています。後半部分は、定年を迎えて、大学入学を考えている人のための体験的なノウハウの伝授です。
私が大学の教員として、そうだ、そうだ、と強く共感したのは、その出だしから、こんな見出しがついていることです。
「「学び」そのものが目的になると、大学生活はこのうえなく楽しい」。
こういわれたら、みなさんはどうお感じになるでしょうか。私自身は、こういう「学び」を一人でも多くの学生に体験してほしいと願っています。しかし、なかなかそうは問屋が卸してくれません。
彼らは、現実社会の厳しさのなかにいて、この社会が学校も含めて「評価」の社会であり、「役に立つ」ということがその基準である以上、役に立つ「学び」を求めてきますし、自分が役に立つ人材になることを望んでいるかのように振る舞うからです。
でも、もう40年も前に大学生だった私は、そして大学教員をもう30年もやっている身としては、「学び」を目的とするような学びをしていると、学ぶことそのものが楽しくなると同時に、人生に対する臨機応変な力がついてきて、自分がどんな人生を生きようとしているのか、その本質を見極めることができるようになると強く実感しています。
いいかえれば、人生に対して、少しのことでは動揺しなくなる、のです。
ただ、実際問題として、若い学生たちには、私がこう説いても、その意味は理解してもらえないのだろうと思います。それは、私が学生の頃も同じだったようにも思います。
指導教員から、君たちは学びを功利的に考えているから、どうしても上滑りの学習で終わってしまう。学びは人間の目的であって、道具ではない。学びを突き詰めることで、君たちの人生が啓かれていくことを理解できないのか。と、幾度も問いかけられましたが、受験も含めて「学び」が道具であった私たちには、先生方のおっしゃることの意味がわかりませんでした。
しかし、それなりの人生経験を積んできて、改めて「学び」を振り返ってみると、先生のおっしゃったことがわかるような気がするのです。「学び」を道具としている限り、実は自分が誰かの道具になってしまって、自分の人生は誰かのための人生にすり替えられてしまうと感じるからです。
瀧本さんは、大学生活を楽しんでいる息子さんの姿を見て、また大学のキャンパスを羨ましいと思い、「二度目の大学生」生活を考え始めたそうです。
そして、56歳から準備して、59歳で京都大学経済学部に見事合格、定年を待たずに、二度目の大学生活を京大で送ることになります。今から7年も前のことです。それがまた、楽しくて仕方がない。この本からは、瀧本さんの愉快に響く声が聞こえてきそうです。
具体的な内容は、本に譲ることとして、「二度目の大学生」の言葉を列挙してみます。「「二度目の大学生」は人生を豊かにする」「知的好奇心が存分に満たされる」「大学の図書館はまさに「知の宝庫」」「若い学生は白髪頭の学生に興味津々」「会社勤務で培ってきた「土地勘」が、理論の理解を助けてくれる」、そして「大学生になって新たな自分に出会う」「「将来がない」大学生ほど強いものはない」「大学は学問をする場であり、年齢は関係ない」。さらに、こう読者に勧めるのです。「おすすめは「学部」からの入り直し」。いかがでしょうか。
自分はそんなに知的好奇心を持っていないし、大学なんてとてもとても、と思っている人も、少しは興味をそそられたのではないでしょうか。いや、学部に入り直すなんて、入試もあるし、とても考えられないと思った人もいるかもしれません。でも、ちょっと、何となく羨ましい、と感じたのではないでしょうか。
そう思ったなら、尻込みせずに、大学に入ることを考えてみてはいかがでしょうか。
瀧本さんは、学部への正規の入学を勧めていますが、それでは負担が大きいと感じている人も、たとえば研究生や科目等履修生という制度を使えば、過去に大学を卒業している人であれば、受け入れをしている大学はたくさんありますし、授業も正規の学生たちと同じ授業に出席でき、その授業の単位も認定されます。
聴講生制度を持っている大学もあります。この制度では単位は認められませんが、大学を卒業しているなどの学歴要件はありませんし、聴講生になれば図書館など大学の資源を利用することができます。また、公開講座などを幅広く行っている大学もありますから、まずは最近のキャンパスの雰囲気を楽しみに出かけてみるのも、一つの手かも知れません。
「新たな自分に出会う」のに年齢は関係ないはずです。
大学には本来、多様な年齢の人がいてよいはずです。私たちの感覚では、大学は18歳から22歳の学生たちを中心として、浪人して入った人を入れても、せいぜい25歳までが学生だという思い込みがあります。しかし、世界的に見ると、大学がここまで単一の年齢層で構成されている国は、あまりないように見えます。
OECDの“Education at a Glance 2021”という報告書には、次のような図が載っています。この図は、OECD加盟国の大学のうち、25歳未満の第1回目の入学者の占める割合を示したものです。
一見してすぐわかるように、日本は男女ともほぼ100パーセント、つまり25歳を超えて大学に初めて入学してくる人がほとんどいないのです。
他の国は、当然、それぞれの国の事情がありますが、OECDの平均でも83パーセントほどですから、大学生の約2割の人は、25歳を超えて初めて大学に入ってくるのです。日本の高校に相当する学校を卒業して、働いてから、大学に入学する人も多いのではないでしょうか。
しかし日本は、学校経由の就職が一般的で、しかも新卒優先の一括採用、その上、これまではいわゆる日本型雇用といわれる終身雇用と年功序列でしたから、大学もその前の段階の小中学校・高校を経て、入学試験を受けて入る、就職のための教育機関という位置づけで、多様な人生の在り方を選んだ人たちが入る場所ではなかったのだと思います。
ところが、いまや人生100年時代、人生のステージも転職を繰り返すマルチ・ステージやさまざまな仕事を同時に走らせるパラレル・ステージが一般化してきています。
たとえば、私の息子の会社など、24時間いつ出勤してもよい、オンラインでできる仕事はオンラインでやって、本業に影響がなければ、副業もOKとなっています。息子も所属している会社の仕事をやりながら、仲間とともに別に会社を立ち上げて運営し、さらに別のNPOとともにボランティアなどの活動を行っています。パラレル・キャリアなのです。
こうしたマルチに活躍できる時代には、高校を卒業していったん社会に出て、改めて大学に入ることも自由にできるようにしなければなりません。
また、学校を卒業して、社会に出て、という言い方そのものが、学校は社会から隔絶された、また保護された特別な空間だったことを物語っているのですから、そういう学校が社会とつながって、人々の人生を励ます場所になることも、これからの社会にとっては必要なことなのだと思います。
超高齢社会を迎えて、企業も従業員の働き方を考えなければならない時代となりました。2013年には、高齢者雇用安定法が制定されて、65歳までの雇用が義務づけられることとなりました。多くの企業では、60歳で役職定年の後、65歳までは社員でいられるようにしているようです。この法律では、70歳定年を見据えていて、70歳への定年延長や定年制の廃止、さらには70歳までの継続雇用制度の導入などが努力義務とされています。
では、70歳まで定年延長されれば、すべてめでたし、なのでしょうか。私にはどうもそうは思えないのです。これは、少子高齢化で労働力が不足している産業界からの要請で、高齢社会対応という聞こえのよい理由がつけられた、安価な労働力確保の方策のように思えてなりません。
事実、新卒一括採用をやめられず、年功序列や終身雇用制度がそのままになっている多くの企業では、これまでの60歳定年から65歳まで単純に定年を延ばしただけでは、いわゆる役職のポストが不足して、たとえば部長になる年齢が単純に5年遅くなるということが起こりかねません。
そうなれば社内の人事考課も考えなければなりませんし、社員の不満も高まります。だからでしょう、多くの企業で60歳で役職定年、給与もほぼ半減されて、65歳まで「おいてもらえる」ような制度になってしまっています。
私の知人たちの話では、そうまでして会社においてもらっても、プライドも傷つけられるし、部下が上司になるような関係で、上下関係の厳しいピラミッド型の企業にしがみついたところで、給与も大幅に減らされて、何の魅力もなくなり、何のために働いているのかわからなくなる、とのことです。それなら、60歳定年でやめてしまって、さっさと次の人生を考えた方がよい、というのです。
企業の雇用構造を変えないまま、定年延長だけを実施しても、従業員は幸せではないのではないでしょうか。
超高齢社会を迎えて、社員の新しい働き方を考えて、制度化している企業を表彰するアワードの審査委員を数年間担当したことがあります。
企業にとっても、社会の高齢化と労働力不足は他人事ではなく、高齢者雇用安定法を待つまでもなく、さまざまな取り組みを進めている企業があります。
たとえば、ある企業では、定年を70歳までに延長し、60歳からは本人の希望で部署を異動できるようにしています。役職は定年になっても、賃金は減らさなかったり、50歳代から「この指とまれ」方式で、自らプロジェクトを提案して、事業を推進する役を担ったり、やりたい仕事のところに手を挙げて異動することを可能にしたり、さらには定年を廃止している企業など、さまざまな企業があります。
また、将来を見据えて、若い時代から高年期の働き方を従業員に考えさせる取り組みをしている企業もあります。こういう企業が、このアワードに応募してきていました。
はじめの頃、審査委員の方々も、定年延長は高齢者の就労を保障し、生きがいづくりなどのためにもよいことだという観点から、表彰対象企業を選定していました。それはまた、労働力不足に悩む日本の企業に、経験豊富な労働力を確保するという意味でも、有意義だと考えられたのです。
しかし、ふと、こんなことが頭に浮かんで、審査会で委員のみなさんに投げかけてみたことがあります。
もし、自分がその企業の社員で、70歳や75歳までそれなりに楽しく働いたとして、退職後、還っていく先の家庭や地域社会に居場所はあるのだろうか。また地域社会でたとえば町内会の役員などを担うにしても、もうその年では、十分に働けないのではないか。そうすると、還っていった先で何もすることがなく、却ってつらい人生が残っているのではないか。それは自分にとっては耐えがたいことになりはしないか。こういうことを問いかけたのです。
しかも、各地の町内会や自治会では、定年延長の煽りを食って、いわゆる「若い高齢者」が地域にいなくなり、役員の担い手がなくて、苦境に立たされ、存亡の危機に直面しているというところが少なくないのです。いまや、地域社会や家庭生活と企業の雇用延長がトレードオフの関係になってきているのです。
この問いかけに、それまで活発に定年延長を評価していた選考委員のみなさんが沈黙してしまったのです。そして口々に、こう言い出すのです。そういわれれば、そうかも知れない。会社に70歳や75歳までいて、それまで通り働いているうちは気づかないかもしれないし、楽しいと思えるかもしれないけれど、人生100年時代に、75歳で家や地域に還って、あと20数年、何ができるのかと考えると、体力も気力も落ちてしまっていて、何もできないだろうし、何かするということ以前に自分の居場所さえないかも知れない。こういう最後の人生の過ごし方はつらいのではないか。
こうして還る場所がないかもしれないと考えると、定年延長がよいことばかりではないという議論になります。
むしろ、企業には定年延長ではなくて、従業員が人生の節目節目で自分の人生を選択して、新しい人生を歩めるようにすることが大切なのではないか。それが同じ企業で働き続けることだけでなくて、他の企業への転職であってもよいだろうし、社会貢献の道に進むことも可能だろうし、地道に町内会や自治会の役員を担うことであってもよいだろう。本人が幸せで、それが社会や会社のためにもなっていれば、その方がよいのではないか。こういう議論になったのです。
そうであれば、企業や国には、定年延長ではなくて、むしろ定年を早めること、それも年齢で区切るのではなくて、一定の就社年数で区切って、次の人生を考えることができるような制度の設計が必要ではないか、という話になります。
たとえば、25歳頃に就職したとして、40歳でまず定年となる。その後、1年間、奨学金や賃金が支給されて、大学に入って学び直す機会と時間を与えられ、その間に新たな人生を考えて、第二の就職をする。
次に50歳で第二の定年を迎え、同じように1年間の奨学金と賃金をもらって、大学に入り直して、人生を考え、第三の就職をし、さらに60歳で同じく次の人生を考えて、70歳でさらに次の人生を考える。
途中、企業に就職してもよいし、NPOなど社会貢献活動の道に進んでもよいし、さらに自らボランティア組織を立ち上げたり、起業したりしながら、人生を選択していってもよい。
こういう企業と大学を行き来するような、もっとひろげていえば、就労と学びを幾度も行き来できるような社会制度の設計が求められるのではないか。こういう議論になっていったのです。
そして事実、人生選択を繰り返すことのできる就労の場を提供しようとしている企業が出始めてもいるのです。
* * *
次回は、私が大学という場所で出会った社会人の「学び」の実例をご紹介します。そこに登場するのは、定年退職した人だけではなく、現役世代の、また子育て中の人々もいます。そこでは、多様な人たちが、自分の「学び」を楽しんでいるのです。もともと大学という場所は多様な人々が行き交う場所でよかったのだと思います。それが、いわゆる現役の学生たちにもよい影響を与え得ることを実感しています。
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