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【立ちそばガール・イトウエルマさん】全然興味のなかった立ちそばにハマり、年間200軒以上を食べ歩き、日本全国を旅するようになった理由

2022.06.3

イトウエルマさん タイトル画像

著書『立ちそばガール!』が話題になり、「マツコの知らない世界」に登場。早い安いだけでなく、実は美味しく奥深い、立ちそばの魅力を発信しているイトウエルマさん。年間200軒の立ちそばを食べ歩く理由、おすすめの立ちそば、そしてやる気の出し方について聞いてみました。

 


 

イトウエルマさん

イトウエルマ

イラストレーター。北海道室蘭市出身。2013年から日経ビジネスオンライン(現在は日経ビジネス電子版)に「ワンコイン・ブルース」を連載し、2014年に著書『立ちそばガール!』(講談社)を上梓。立ちそばの魅力をディープに伝える内容が注目を集め、「マツコの知らない世界」(TBS)、「ワケあり!レッドゾーン」(読売テレビ)など数々の番組に出演。東京FM「クロノス」では「立ちそば歳時記」を担当。現在も自身のブログで「立ちそば日記」を公開し、立ちそばの魅力を発信し続けている。

ブログ:イラストで綴る日常
インスタグラム:https://www.instagram.com/itoelma_/

  
  

立ちそばの衝撃、「こんなすごいものがあるんだ!」


    

――『立ちそばガール!』、とても面白かったです。イトウさんの情熱的な文章と楽しいイラストで立ちそばの魅力がすごく伝わってきて、どのお店にも行ってみたくなりました!

    

わあ〜、ありがとうございます!(笑)

     

『立ちそばガール!』

立ちそばガール! そば このファストで奥深い世界』(イトウエルマ/講談社)
日経ビジネスオンラインに連載。男の世界・立ち食いソバの店に突入し、女子目線、初心者目線でルポするとともに、立ちそばの奥深い世界を徹底追求。それぞれの店の特徴や味の違いを紹介しつつ、蕎麦という本来のファーストフードの本質に迫る、楽しいイラストがつく実用食エッセイ本。

    

――本の前書きや「マツコの知らない世界」でも告白されていましたが、最初は立ちそばに全然興味がなくて、むしろナメていたそうですね(笑)。

     

そうなんです(笑)。日経ビジネスオンラインからこの連載のお話をいただくまで、立ちそばのお店に行ったことがなくて、「早い、安い、で、味はそこそこなんでしょうね〜」とか「天ぷらもきっとべちゃっとしてて、おつゆも大したことなくて、煮え切っちゃったやつですよね〜」「椅子もないんでしょう?」とか、すごく失礼なことを思っていたんですよ。

      

でも編集者さんから「今はそんなことないみたいですよ。麺もゆでたて、天ぷらも揚げたて、おつゆも美味しくて、椅子もあるんですよ」って。

    

じゃあ、ちょっと行ってみようと思って、自分なりにリサーチをして「おっ」と思う立ちそば屋さんに行ってみたら、それがかなり衝撃的で。

   

――というと?   

     

渋谷の「蕎麦・冷麦・嵯峨谷」という立ちそば屋さんに行ったら、店内で石臼が回っていて、おそばを挽いている。しかも「十割」って書いてある。十割というのは、そば粉100%なんです。なのに「もり」か「かけ」だったら、たったの280円。しかも美味しい。本当に超名人が打ったおそばかと勘違いしてしまうほどで、はじめは美味しいってことを認めるのさえ悔しいぐらいでした……!

     

イトウエルマさんイラスト
「ワンコイン・ブルース」日経ビジネスオンライン(現在は日経ビジネス電子版)より

     

というのも実は私、もともとそば打ちを習ってて、8年間自分で作ってたんです。

     

家にたまたま手打ちそば教室のチラシが入っていたので、「近所だから行ってみるか」的な気持ちで習い始めたんですけど、ちょっとやってみただけでも、ものすごく奥の深い世界で。最初はわりかし上手に出来たので調子に乗っていたんですけど、物事がそんなに易しいわけはなく、本気になったおじさま方のパワーはすごくて、どんどん追い抜かされていって……。

     

それでも一応、8年もやっていたので、おそばへの理解も深まり、友達にはちょっと生意気におそばを語ったりしていたんですけど、十割なんて打てなくて。こっそり影でボロボロ泣いていたこともあったんです、「私だけどうしてこんなにできないの……!?」みたいな。

    

――自分でも打っていたからこそ、立ちそば店のすごさが身にしみて感じられたんですね。

      

そうなんです。特に十割そばってとても難しくて、そば粉のコンデションが、ものすごく重要なんですよ。早く打たないとどんどん乾燥してボロボロになるとか、冷房がダイレクトに当たる場所だともっと早く打たないといけないとか。お水の量もとっても繊細で、ちょっとでも水が増えるとベタついたり、水が足りないと固くて手が入らないとか。で、直しも効かないんですね。

      

小麦粉を入れると本当に楽なんです。ほんの二割の小麦粉を入れるだけで全然違うんです。だから私、十割へのリスペクトがめちゃあるんですよ!

    

なので「十割すごい!」でまず驚いて、しかも十割なのに変なボロボロ感とか伸びたりとかもなくて、するっとすすれる。喉越しもコシも素晴らしい。さらには「ゆでたてで出してる!」「すっごい安いお値段で出してる!」って衝撃もあって、未知なる食との出会いでしたね。

     

イトウエルマさん イラスト
『立ちそばガール! そば このファストで奥深い世界』(イトウエルマ/講談社)より

           

――十割そばで、美味しくて、しかも安い。すごさがわかっているからこその衝撃ですね。

       

ただ、今考えれば、当時の私は「手打ちは良し、機械はさよなら〜」みたいな、すっごい狭い価値観しか持っていなくて、おそばのこと何もわかってなかったです。先入観で食べないつもりではいたんですけど、結局は「いいお店だから、美味しい」みたいな。やっぱり多くを知らないから、よくわかってなかったし、「案外、先入観で食べていたなぁ」って反省しました。

     

この連載は、当初は立ちそばだけじゃなくて、おそばを何回かやったら次はカツ丼とか天丼とか、リーズナブルだけど実は美味しいものをいろいろ紹介する予定だったみたいなんですけど、「こんなすごいものがあるの!?」って驚いて、おそばだけで果てしなく広がっていきました。いろんなお店に行くたびに衝撃を受けて、立ちそばの世界にどんどんハマっていきましたね。

     
     
     

おすすめしたい全国の立ちそば3選!


    
 ――イトウさんは、年間200食もの立ちそばを食べ歩いているそうですね。日経ビジネスの連載開始が2013年ですから、もうすぐ10年。合計すると、2000軒以上…?

 

ちゃんと数えてないのでわからないんですけど、去年の11月から4月までの半年で123軒は行っているので、年間200軒以上は行ってると思うんです。
ただ最初の頃はそんなに行ってませんでしたし、同じお店に何度も行くこともありますから、2000軒という訳ではないです(笑)。

    

――それでも1年に200軒以上はすごいです(笑)。せっかくですので、その中から特におすすめしたい、全国の立ちそばのお店を3軒教えていただけますか?

    

はい!いっぱいあるんですけど、まずは東京から行きますね。東京は立ちそばのお店がすごくいっぱいあるんですけど、東京のおそば文化は、東京の人の嗜好で生まれていて、おそばの麺、つゆ、天ぷらのクオリティー、に店の考え方が問われています。

     

で、それぞれに特徴があるお店はたくさんあるんですけど、その3つの条件を満たしているお店をあえてひとつ挙げるとするなら、青物横丁にある「そば切り うちば」。

     

ここは、完全な手打ちの二八(小麦粉二割、そば粉八割)のおそばを出すのがすごい。手打ちは技術だけでなく時間も体力も使うので普通にそば店としてやっていくだけも大変なんです。それで立ちそばだと冷凍で生地を運んできてお店で切って出すというお店はあるんですけど、店主が水回しから全部やって、手打ちにしているのは「うちば」だけ。

        

――おおー、なるほど……。

    

天ぷらも注文を受けてから揚げていて、今は亡き名店「池の端藪蕎麦」のような、しゃりっとした衣で、さらには見た目も綺麗で可愛くて、当然麺も注文を受けてから茹でるし、おつゆも東京好みの辛口なんです!

     

イトウエルマさん イラスト
立ちそばノートより

     

東京のおそば屋さんが最後に目指すのは辛口で、「辛口のおつゆで美味しいのを作れるのってカッコいいよね」って考え方があるんです。でもそれはすごく難しいから、ある程度、だし感を強めたり、あっさりめのおつゆにしたり、やや甘めなかんじにして、みんなに好まれるようにするのが一般的なんですね。もちろん、それで美味しいのはいいことなんですよ。

      

だけど「うちば」は、険しい道をあえて行こうとされている。それでいて、とっても美味しいものを生み出している。全部を網羅しているというか、その心意気もカッコいいなって!

     

――カッコいいですね。行ってみたいです!

    

2軒目は、最近のマイブームで挙げさせていただくと、ちょうど今年の4月、関西のほうに「きつねそばの旅」に行ってきまして。

     

――きつねそばの旅……!それはプライベートで?

    

完全なプライベートです、はい(笑)。きつねそばだけを食べる旅なんですよ。ちなみに、大阪では「きつね」といえば「きつねうどん」のことで、お揚げが乗ったおそばは「たぬきそば」なんですけど、ややこしいから、とりあえず「きつねそば」と呼びますね。

    

大阪で「きつねといえばここ!」というお店はいくつかあって、たとえば有名なのは、「道頓堀今井」なんですけど、人気店ゆえにこのお店のパクりが多い。

そんな中、独創的なきつねそばを出している立ちそば店が「三国そば」。普通、大阪のきつねそばは、おだしの効いたおつゆと、甘い出汁を含んだきつねが、口の中で「くちゅ」ってなるのを楽しむものだと思うんですけど、「三国そば」のきつねの炊き方は、皮の水分が少ない。でも見た目は押し潰されてなくて、ふっくらしている。

     

で、口に含むと黒糖のように甘い。だけど潰れてないから容易に水分を含むことになる。それで、口の中におつゆを含んだ途端、おだしときつねの甘さ、それぞれの味が強烈に混じり合って生まれるハーモニーが「びゅわああああ〜〜!」とやってくるんです。

      

イトウエルマさん イラスト
立ちそばノートより

     

――うおお、すごく美味しそう…!

      

このお店は、きつねそばに強烈な甘さとおだしが合わさった瞬間の味の際立ちを追求しているんだと思います。
お店の見た目はシャビーなんですけど、入った瞬間に「このお店、美味しいよね!」って厨房を見たらわかるお店で、お鍋もキッチンもピッカピカ。
そして本当に美味い。私は今、きつねそばブームなので、関西ではここがおすすめです!

      

――行ってみたいです!では、3軒目は?

    

北海道の稚内にある「ふじ田」ってお店です。稚内は、北海道の最北端。めちゃくちゃ交通の便も悪い。普通列車は旭川からは1日に1便。特急も旭川から2便、札幌から1便しかなくて、行くのも一苦労。

     

――それもプライベートの、立ちそばの旅?

      

はい、北海道は広いから大変なんですよ(笑)。その「ふじ田」は、道の駅に隣接していて、食堂もあるんですけど、立ちそばコーナーもあるんです。で、「利尻昆布そば」っていうのがあって、利尻昆布は稚内の産物なんです。あのあたりは、おそばを作れる北限が途中にある音威子府で、それから北の方って作物とか、ほぼ獲れないだろうことが車窓からわかる。

ずっと牧草地で、牛がいっぱいいて、広い草原があって、そのうちもう笹しか生えないような丘が見えて来て。移動していると、どんどん気象条件が厳しくなっていくのがわかるんです。そうやって到達するのが稚内。そんな最果ての地なんですけど、辿り着いて、そこのおつゆを飲んだら「はあああぁぁ……」って、すっごい癒されて。

     

イトウエルマさん イラスト
立ちそばノートより

      

お店のお母さんに「このおつゆ、ものすごく美味しいですね!」と話しかけたら「昆布と煮干しだけ」って。でも東京の自宅に戻って、自分で作ってみたら、ものすごい量の昆布を入れないと、あの味にならないんです。しかも利尻昆布って、お高いんですよね。

    

あのあたりは利尻昆布しか獲れないようなところだから、そういう自分たちが賄える限られたものだけで、すごく美味しいものを安価で提供してる。それがすごいなぁって。

    

――いいですねぇ、実際に行って食べてみたいです!

     

ほんと、疲れが取れますよ、「ほわあぁぁ…」って。あと、青森の「立ち喰いそば処 津軽」ってお店は、おそば粉100%で、ゆでそばを3日間かけて作っていて、真っ白なおそばなんです。それに青森特産の新鮮な長芋のとろろを載せると「青森に来た〜!」って気持ちになれる。麺に特徴があるお店としてはここを挙げたいんですけど、全国で3軒に絞るのは難しいです〜!(笑)

     
    
     

絵を描くこと、旅日記、そば打ち…すべてが繋がった!


            

――イトウさんが立ちそばと出会ったきっかけは、もともとはお仕事だったわけですよね。なのに今でも自主的に年間200食の食べ歩きをしたり、全国におそばの旅に行かれています。ものすごい熱量だと思うのですが、それはどこから生まれてくるのでしょうか?

 

なんだろう…。ひとつは、いろんな「気づき」を得られるからですね。立ちそばもただ「安くしました」だけじゃなくて、ものすごくいろんなことを考えて作られていて、だからこそお客さんも付いてきている。お店に行くたびに毎回、いろんな発見があるんですよ。

     

イトウエルマさん イラスト
立ちそばノートより

    

そもそも、おそばの原点に立ち返ると、天ぷらもお寿司もそうですけど、屋台から始まって、みんながお手軽に食べられるものだったわけですよね。で、人の心を掴むものだったからこそ、江戸時代のスナック的なポジションからハイクラスなものに発展していった。でもそこで終わりじゃなくて、もういちど原点に立ち返っているのが、現代の立ちそばだと思うんです。

    

これまでのおそば文化の大きな繋がりのなかでも、立ちそばは大切なところにいて、広くマスの心を捉えるものだからこそ光り輝いている。だから私、普通のおそばをいただいてるときも目が厳しくなっちゃったんですよ。「えっ? 立ちそばはここまでやってるんだよ!」って。

     

いまや、化学調味料は使いません、天然だしは当たり前、かえしは何日か寝かせてとか、みんなめちゃこだわってるんですよ。そのぐらいおそば文化というものを愛する土壌の中で生まれたものだから、名店に負けないくらいに本物を追求している。そこに気づけて、新しいおそば世界がどんどん広がっていく。それが楽しいっていうのは、ひとつありますね。

     

――それを広く伝えたくて、ブログでも「立ちそば日記」を始めた?

    

それはまた別の理由があるんです。「立ちそば日記」は今年から始めたんですけど、もともと私、旅日記をつけるのが大好きで。すっごい昔、会社員時代にインドに行ったことがあって、その頃から旅したときは絵日記みたいものをつけてるんですね。見たものを全部思い出して描くと、めちゃめちゃ旅も充実して楽しいんです。これが初めてつけた、旅日記。

     

イトウエルマさん 旅日記

       

――おおーっ、すごい!

    

当時、私は文具メーカーに勤めていたんですけど、会社を辞めた後、旅日記を出版社とかに見せに行ったら、イラストのお仕事をもらえるようになって。

   

――なるほど、それがイラストレーターになるきっかけだったんですね。

    

そうなんです(笑)。自分の興味が旅と食べ物だったから、旅行雑誌に持っていったり、食べるのが好きだから『dancyu(ダンチュウ)』さんが大好きで、それでお仕事をもらったり。

    

なので、日常でも描いてみようと思ってたんですけど、普段の生活ではやる気が起きなくて。立ちそばも、仕事用ノートの端にささっと描いたりはしてたんですけど、あちこちに書き散らかしていたので、どこに行ったのかわからなくなったりしていて。

     

でも半年前に立川に行く機会があって。私、立川は初めてだったので旅行気分だったんです。立ちそば店も何軒かあったので、旅日記みたいに描いてみたらすごく楽しかった。それから日々の立ちそばめぐりも旅日記みたいな専用スケッチ帳にメモしてみたら、ノートも華やかになってきて。それでせっかくなので、ブログにも上げてみようと思ったんですね。

     

これは私にとって、実はすごく大きな出来事で。今まではノートの端におそばの絵を描いたりしても「ああ、このおそばはこんな太さじゃなーい!」とか「おつゆの色が違う!」とか、自分が描いた絵にイライラすることがいっぱいあって。たとえば、こんな感じだったんです。

      

イトウエルマさん インタビューカット

       

――えっ、十分すごいと思うのですが…。

 

おそばの色とか、全然違うんですよ〜。あと、私は見たものは全部描きたいんですけど、そんな時間もないし、全部なんて描けないじゃないですか。それにもイライラしたりして。

      

――なかなか自分が納得するものが描けなかった?

    

そうなんです。「あれも違う!」「これも違う!」って、ずっと自分にダメ出ししていて。でも、あれもこれも描こうとしないで、おそばに絞って描けば、おそばにもっと時間をかけられる。
それに気づけて気持ちが楽になったんです。たとえば、こんな感じです!

     

イトウエルマさん インタビューカット

   

――なるほど、おそばの魅力がドーンと伝わってきます!イトウさんは「もっと!もっと!」と思える向上心の強さに突き動かされているのかもしれないですね。

    

自分ではわからないですけど、「はい描けた!」とか「これで完璧!」とか思っちゃったら、おしまいだと思っています。「こうじゃな〜い!」とか「これは私もうちょっと上手く描ける〜!」とか、自分への挑戦みたいなもの、なのかもしれません。

    

おそばの絵を描くことは、私にとって「おそば噛み締めの時間」なんです。おそばを描くといちばん充実するんだなぁって最近になってわかったんですね。

     

だからブログを見ていただけたことが実はすごく嬉しかったんです(笑)。「立ちそば日記」は、絵を描くことや旅日記、そば打ち、立ちそばと、自分が大好きだったものが、本当に長い時間をかけて、やっとひとつに結びついた、私の集大成みたいなものなんです。

       
         
          

いろんな「好き」は、いつかひとつに結びつく


     

――イトウさんのように、自分が夢中になれるものを探している人はたくさんいると思います。どうしたら「好きなこと」や「やりたいこと」に出会えると思いますか?

    

ひとつは、食わず嫌いをやめることかもしれないですね。私も最初は立ちそばにまったく興味がなかったんですけど、編集者さんに勧められて行ってみたら、思っていたのとは全然違っていて、視界がボーン!と開けました。新しい世界が広がり、人生も豊かになりました。

     

イトウエルマさん イラスト
立ちそばノートより

   

たとえばこれは新潟の旅で描いたノートですが、立ちそばだけじゃなく、見知らぬ土地の日常に出会えるのも立ちそば旅の魅力なんです。人の生活に密着しているのが立ちそばですからね。三面川(みおもてがわ)には、ゆったりとした田舎の時間が流れていて癒されました。

     

なので、食べ物に限らず、食わず嫌いはやめて、いろんなものに積極的に出会って、そこから何かひとつのものを追求することで、夢中になれるものが見つかるかもしれません。

      

ただ、私の場合は、もともとおそばが好きだったとか、そば打ちをしていたことが大きかったと思うんです。だから、いろんな「好き」を見つけておくことも大事かもしれないですね。

  

――いろんな「好き」?

     

たとえば、子どもの頃って、やりたいことがいっぱいあると思うんですよ。あれもやりたい、これもやりたいって。でも旅日記もそうですけど、あれも描きたい、これも描きたいと思っても、全部は描けないし、できないじゃないですか。だから、ひとつに絞っていかなきゃいけない。

     

でも矛盾するようですけど、ひとつの道なんて簡単には見つからないですよね。子どもの頃に得意なことがあって、その道に絞って進んでも、それでうまくいくとは限らないですし。

     

――たしかにそうですね。

     

私の場合は、子どもの頃から絵を描くことは好きでしたけど、もっと得意な人はいっぱいいるだろうから、それを仕事にするのは厳しいと思っていて、文具メーカーで企画やデザインの仕事に就いて、人に絵を描くことをお願いする立場になりました。

     

イトウエルマさん イラスト
立ちそばノートより

     

でも趣味で描いていた旅日記が、もともと自分が好きだったものに近いところがあって、会社を辞めた後、それが仕事になりました。ものすごく時間はかかりましたけど、それに立ちそばも結びついて、好きなものがひとつになりました。

     

だから、どんどん削っていくよりも、好きなものを増やしていったほうがいいんだと思います。

    

いろんな好きになったものが片付かないお部屋のようになるかもしれないけど、片付かないままにしておいて、そのときの自分の気分で、いちばんやりたいことをやってみる。

    

何が自分のやる気に結びつくものになるかわからないから、そのときの「楽しさ」は忘れずにいて、その時々の自分の気持ちに素直になってやってみる。

     

好きなものをいろいろ見つけておけば、いつかそれがひとつに結びつく日がやってくるかもしれないし、ある日、ものすごいパワーを発揮することだってあるかもしれない。

    

いろんな「好き」がいっぱいあるのは、人生の宝物になると思います。いろんなものを好きになれば、昔ハマってずっと放っておいた「好き」がある日突然、バーッとやってきて、それが天職になることだってあるかもしれません。

      

すごく夢中になれるものはなくても、ちょっと「好き」なら、きっと誰もがあると思うんです。そういう「好き」を増やしていって、ずっと大事にしていってほしいですね。

     

イトウエルマさん イラスト
立ちそばノートより

     

――それでは最後に、イトウさんの今後の夢や目標は?

     

なんだろう。立ちそばのノートを描いていると、ふっと疑問がわいてくるので、新しい疑問に出会うためにも、もっともっとノートを描きたいなって思うんですよ。

    

たとえば、ものすごく美味しいお揚げとおつゆの組み合わせを食べて、実際にもう一回食べたら、その記憶と味が違っていたりする。メモを取っているつもりなのに。

     

そういう気づきをくれる食べ物にどんどん出会って「あれはなんだろう」「これはなんだろう」と時間をかけて疑問を増やし、それを確かめるために「きつねそばの旅」に行く、みたいな。新しいモチベーションがノートによってやってくるんですよね。

      

だから、ノートをつける日々を大切にして、新しいときめきを手に入れたいなぁ。すいません、小さな目標で(笑)。

      

――いえ、素晴らしいと思います(笑)。本日はありがとうございました!

    

       



  

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この記事を編集した人

タニタ・シュンタロウ

求人メディアの編集者を経て、フリーランスとして活動中。著書に『スローワーク、はじめました。』(主婦と生活社)など。

 
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